ひとりで仕事をすること、あると思います。
そんな時ホワイトボードでもフリップチャートでも、スペースを気にせず使えるツールを重宝します。
頭の中で整理するのもいいですが対象が複雑になると効率的にできないし、
ノートに書いてると、どうもノートのスペースに収めることを頭のどこかで意識してしまう。(案外自覚がない)。
直接パワーポイントを使うと、どうもチャートにする負荷(ちょっとしたものでも)とアウトプットの是非を図りにかけてしまったりする。
会議室にひとりはいって、大きいホワイトボードやフリップチャートに頭の中のものを出す。
それとディスカッションする。
結果を次々とアウトプットしてみる。
まとまったらそれをそのまま資料にする(パワーポイントで加工する)。
目的は変わらずとも、上記のほうが広いキャンパスに好き勝手描いて考えれるようで、効果も効率も高いように感じます。
アウトプットの質を高める、自分のパフォーマンスを上げるための手段の工夫も大事だなと思います。
月: 2008年9月
一本の力
前々から何となく気にしてはいたのですが。
もみあげに一本白髪が生えてきています。
髪の毛一本の話なのですが、なんだか歳を感じさせられます。
見た目は置いといて、カッコよく歳を重ねていきたいものです。
あたたかい柱
倉重英樹
倉重英樹のCEO日記「新会社を創る!」
とても面白い。そしてその中に厳しさというかプロフェッショナリズムというかを感じる。
特に”サービスの根本“のチャート。ヘッドラインを描かずともメッセージが伝わってくる。
自分は自分、他人は他人。
友達から次のキャリアについてどうしようかという話を聞く。話を聞いているうちに自分の過去を思い出した。
今の仕事に来る前、動くと決めて実際に動くまでの間、人・会社の色々な側面が見えた。
当時のマネージャは、マネージャとしては新人だった。
最初話をしたときは喜んで応援するといってくれた。安心して次に進める、立つ鳥跡を濁さずで行こうと思ったし、目の前の仕事は最高の結果を出して次に行こうと思った。次に話したときは態度が変わっていた。チームにとって、彼にとって僕がいかに必要か、僕をどう成長させたいと思っているか、自分の過去に重ねて僕はどうすべきだと思うか、そんな話をしてくれた。勿論これも嬉しかった、そして申し訳ないと思った。だから結論は変わらない。申し訳なさも手伝って、跡を濁さず、最高のパフォーマンスを残して出ようという思いを強めた。
最後には、OKわかった、頑張れよという結論で終わった。
当時のマネージャの上の人にも普段からお世話になっていた。なので自分の考えとマネージャと話して今の仕事がちょうど区切りがつくタイミングで動きますということと御礼を告げた。早いうちに伝えておこうと思いメールで告げた。
一度あって話をしようということになった。勿論そうするつもりだった。スケジュールを調整した。
しばらくしてメールをチェックするとマネージャからメールが来ていた。
簡単にまとめれば”オレをとばして何を話している。OKとは言ったけど承認してない。君のそういうところは人間としておかしい。そんな君を”心配”している”。というものだった。OKと承認てちゃうんかい!とつっこみながら当時の自分は悩んだ。なぜ態度が変わったのかはおそらくマネージャとして何を背負っているのかを理解したからだと思えたが、”心配”しているという言葉が本当に心配してくれているとは解釈できずにいた。
マネージャと再びあって話をした。
最初と比べれば態度は全く異なっていた。”心配だ”という言葉を盾にした仔細にわたる批判。その言葉を聞くたびに彼からの過去の言葉との矛盾がばらばらとでてくる。印象に残っている言葉は2つあった。
”お前は平気で仲間を裏切れるような男なんだな”
”・・・オレの面子のことも考えて欲しいんだけどな、評判とかあるだろやっぱり”
前者に対しては感情的に応えてしまった。”違う。ただ、あなたにどう解釈されても構わない、あなたの解釈は私には影響しない”と。後者には”済みません”としかいえなかった。その後、コピー・転送禁止で辛らつな内容のメールが届いていた。そのメールが自分の決心を固めてくれた。
少し視点がそれる。マネージャの上の方との話でも残ってほしいという話だった、ただ彼との会話は穏やかで、言葉とそこに込められている心にねじれが無く感じられた。マネージャと比べると北風と太陽でわけられるだろうと思う。
なんだかんだあったが僕は動いた。
上記のようなやりとりこそ一時的にあったが、今でも当時のマネージャともその上の方とも良い関係が続いている。そして、二人とも当時のポジションにはいない。
マネージャは動いて、動いた先と前のポジションを比較して満足していた。仕事の内容にも待遇にも。
マネージャの上の方も別のところで活躍されている。
結局のところ人はそれぞれの環境(外側)からの影響と、内側からの動機で生きている(互いに密に関連している)。人のために(外側のために)、という動機というか思いやりというかは大切だ、けどその気持ちに従って動くとき、それは自分が選択したのだということを忘れてはいけない。裏切られようがなんだろうが相手に非は無い。だってそれは選択をした結果であり選択をしたのは自分なのだから。
そう心の底から思えないのなら人のために自分を犠牲にするという選択はしない方がいい。(勿論、自分本位で動いておいて他人から否定的な反応を受けた時に他人を責めるのも違う)
人のためになり、自分のためにもなる。
2つが重なる選択肢は必ずどこかにあると思う。目の前にある現実だけが自分の全てではない。
#思い出してみたらとりとめのない内容になってしまった。理想を探す努力、理想をつくる努力、とはいえ今自分がいる環境にいられることへの感謝、偶然に身を委ねる楽観、自分を疑う謙虚さ。やるべきこと/持つべきものはいくつかある。
