なんとなくイケてないときに

自分が”なんとなく”イケてないと感じるときに人に相談する、問いかけてもらうっていうのは大切なという話。
ここのところ、なんとなく自分のパフォーマンスが良くないなと思っていた。この”なんとなく”が曲者。”なんとなく”を”なんとなく”ひきずってしまい、そうしていることでさえも”なんとなく”良くないな、とまでしか踏み込めないところが曲者たる所以だと解釈している。解決に向けた一歩が踏み出せない状態だ。何を解決するのか?(問題なのか?)というところの整理も含めて。
そんなとき、そのまま誰かに聞いてみる。
”オレ、なんか最近イケてないと思うんだけど、どう映ってる?”
当たり前ながら返ってくる。
”えっ?何が?”
”何で?”
これ。このほんの一言二言でようやく頭がまわりはじめる。
”なんとなく”ネガティブな感情をいだいた状態が続くと、ネガティブな事柄を選択してセンスするようになる。その悪循環を繰り返すと自分の、自分に対する信頼性が下がる。
すると、そんな自分が”何で?””何が?”と自分に問いかけることにさえもネガティブな感覚が着いてまわる。なんとなく。自分の中で客観的に問いかけて自分を理解する像をうまくつくれなくなる。
つくれない自分がまた”なんとなく”イケてなく感じる。また循環。
そんなこんなも、人から聞かれればすっと頭も回り始める。そりゃあそうだ、わからないよな。ところで何でだっけ?と。
それを話していけば相手は理解してくれる、質問してくれる、意見をくれる。相手にとって自分がどう移っているのか率直に教えてくれる。
自分の頭の中が整理される。素直に人に相談する価値を感じられる。相手の存在のありがたみを再認識する。自分が人に相談されたときに相手をどう理解して、どう接することが良いのか学ぶ。
フィードバックから人(相手)に自分がどう認識されてるのかを認識する。
他人の目を気にするわけではないけど(いや多少気にするけど)、他人に自分がどう映っているのかを一番良く知っているのは他人だと思うし。そして自分で自分の良し悪しがみえなくなったときには他人にそれを聞いてみるというのは有効だと思ったわけだ。
#そして何より、こうやってコミュニケーションできる仲間って言うのは大切にしたいな、ありがたいな、と思った。

コメントを残す