人は面白いもので相手からのインプットを解釈するのに様々な要素を加味する。インプット時のニュアンス・立ち振る舞い、相手と自分との遠近、社会的地位の高低、好き嫌い、普段の仕事の出来不出来etc…。
ただ、相手のインプットを解釈するときには上記のような要素の影響はそぎおとして、シンプルにするのが良い(話の中身自体のコンテクストを読まないというのとは違う)。特にネガティブに働く要素。インプットの信頼性を下げるように働く要素は排除する(我慢するのとは違う)。
コミュニケーション上、相手がメッセージしていない部分をネガティブに捉えてもメリットはない。それをその場のコミュニケーションに織り込むことはコミュニケーションを大きく阻害する。自分自身の感情を乱す。相手とのリレーションを崩す。
シンプルにあるべし。
カテゴリー: Business
要相談
タフじゃないプロジェクトはない。するのかなるのかの違いこそあれ。自分の経験上。そしてチームでやらないプロジェクトもない(以前もどこかに書いた気がする)。
プロジェクトがタフになったとき。それぞれがめいっぱいのタスクを持っている。自分でもったタスクではなく持たされたタスクだ(それがタフに”なる”ということ)。誰しもある。常々思い通りにいくことは仕事に限らずそうない。
とれる行動は4つある。
1. やらない(何もアクションをとらない)
2. やらされ感を持ちながらやる
3. そのタスクについて自分で納得する理由を見つけてやる
4. 自分で納得ができるアプローチを再構築し、チームを動かす
結論からいえば3以上の行動がとれないなら要相談。マネージャでも、パートナーでも、メンターでも。閉じこもったらアウト。
1は論外。
2は心身の健康を損なう可能性が高い。
2を続けているうちに、相談する力を失って、佳境で限界をむかえてしまって、プロジェクトから抜け、周囲に迷惑をかけるというのが最も辛いケース(1は即プロジェクトリリース。中長期的に問題ない)。
違和感を感じたら、それを自分で解消できないと思ったら、要相談だ。
友達とかだったら、その場ですぐに”それ違うんじゃない?”とか”こうしたほうがいいんじゃない?”とか”それ時間足りないからやり方考えようよ”とかいくらでもいうと思うのだけど、立場や関係が違うとそうもいかないみたいだ。
友達というと馴れ合うイメージもあるから適切でないかもしれないが、相手を信頼できていたら多くのことは率直に話せると思う。逆に、自分が率直に何も言われていないと感じたら、それは信頼されていない可能性を考えても損はない。
市場からいなくなる日
写真を撮るのが好きだ。もとをたどれば初めて手にしたデジカメはSonyのCybershotだった。200万画素程度のサイズもとても小さいもので、”ビジュアルブックマークしよう”というキャッチフレーズに惹かれたのを覚えている。(参考:http://www.sony.jp/CorporateCruise/Press/200206/02-0627/)
その後いくつかのデジカメを経て、SNSやブログに触れる機会が増えるに連れていつの間にか写真が趣味になっていた。そしてデジタル一眼レフを手にした。初めてのものはNikonのD40x。色々いじったりレンズを買っているうちに物足りなさを覚えるようになりD300を手にした。気がつけばレンズも増えた。今もそれをつかっている。腕はなかなか上達しないが明確な意図をもって上達しようという考えも特にない。自由に感じるままに撮るレベルが心地良いので。
ふと価格.comでD300のページをみた。新製品はまだ発表されていないものの、D300はそろそろ市場から姿を消そうとしているようだ。価格.com上だと取り扱っている店舗も残すところあと1つになっている。
発売当初から手にしている人もいれば、そうでない人もいる。まだまだD300についての質問を投げかけたり情報交換をしている人もいる中で、寄せ書きのようになっているレスをみつけた。
http://bbs.kakaku.com/bbs/00490711094/#11028825
これだけ愛されている製品というのは幸せだと思う。そしてこの開発・製造・販売に関わった人々もきっと幸せなのではないかと想像する。冥利に尽きるだろうと。
コンサルタントは自分たちで製品をつくることはない。クライアントと共に作り上げた戦略やその過程でお互いに身につけた知識や暗黙知にはかたちがない。文字や図や、データこそあれ。
それらがいつまでたっても大事に抱えられているというのも考えようによっては幸せではない。実行して、結果をだして、それらとさよならして次の一歩をはやく踏み出してもらうことが幸せだと思うから。僕たちもクライアントも同じ課題といつまでも対峙しているわけではない、お互いに成長して、より高みを目指していかねばならないと思う。
それでもその土俵に登るまでは、今回こうしてつくりあげた戦略でありオペレーションでありには、魂を込めて、苦しいときがあっても握りしめて実行しきって欲しい(臨機応変に)。
最終報報告前夜、ふと思った。
#ってタイトルがふさわしくないか。。
チームであることの意味
ひとりでやる仕事は限られている。そしてひとりでやるプロジェクトはない。参画するコンサルタントがひとりのプロジェクトはあっても。複数人でチームを組んで動く。その中で大切にしたいのが、そのチームであることの意味だ。つい忘れてしまいがちだが。それはチームの能力を最大化する、チームメンバーの成長を最大化するのに必要な要素だろうと思う。
ここに気付いてない人間は、チームだからこその成功経験を持っていないのか、isolateされた環境で能力を最大限発揮できるタイプで周囲に干渉しないか、個々人の能力最大発揮は個々人の責務であるという考え方をもっているかといったあたりだろう。
メンバーとして動く分には、ひとりで仕事をする分には上記でもまだいいがマネージャでありパートナーであり、人・組織を率いる立場になるとそうはいかない。そして冒頭のにも書いたが一人でやる仕事は限られている。
そうこう書いている自分もタフな状況ではついチームであることの意味であり、チームとしてのパフォーマンスを最大化するところへの意識が薄れてしまうことがある。
自分が優秀であること、価値があることは前提として(そうあるための努力は怠らず、でないと自分が要らなくなってしまう)、チームにも意識を伸ばして走っていきたいと思う。
ディスカッションの質
今のチームは定期的に集まって勉強会をしている。テーマは色々あるのだけど、それぞれの講師がそれぞれの分野のプロフェッショナルだし集まる人間もコンサルタントで日々プロジェクトで格闘してる集団なのでとても面白い。
ディープな内容になってくると理解に少々の時間を要することもあるが基本的に全員が理解・レスポンスが早い。そして当たり前だけどそれぞれの意見にはそれぞれのロジックが通っていて前提に関する議論であり、その置き方に関する議論であり、勿論ロジックそのものの議論、ファクトの解釈の仕方の議論、そもそものケースに関する議論、というように盛り上がるポイントは無数にある。
そんな中で切れるのはやはりパートナーだったりするのだけど、彼がまた面白い。切れ味や自分の意見におけるケースの解釈の仕方、前提の置き方、ロジックの組み立て方、いずれもシンプルに鋭いところをついているのだけど、他人の意見に対するリアクションがしなやかなのだ。
ディスカッションのレベルを3つに分けると大体次の3つになる。
・相手の話が構造的に理解できないし、自分の意見を構造的に話せない
・相手の意見は構造的に理解できないけど、自分の意見は構造的に主張できる
・相手の意見を構造的に理解できるし、自分の意見を構造的に話せる
彼は3つ目。更にいえば相手が意図していない背景や構造も自分の中で組み立てて解釈し、相手の意見の良し悪しを逆に相手に教えてあげながら自分の考えをキチンと主張するのだ(基本的に自分に素直なので、あまりに意味が分からない場合は一蹴(たまに無視?さえ)するのだけども(苦笑))。
コンサルタント(特に若手-中堅)には2つ目で満足している人間が案外多いように見える。クライアント相手であれば3つめの段階にとどまろうと努めるのだけど仲間内でのディスカッションとなった途端に2つ目になるパターン。
表面上の相手のエラーをついて、あとは自分の主張一辺倒になるパターンだ。
コンサルタントである以上、構造的にものを考えられない・話せないというのは致命的なのだけど、勿論ロジックだけがコンサルタントとしての武器ではない、これは犬の躾みたいなものだ。中には躾はなってないけど嗅覚が優れているものもいればその他様々な長所をもっている人間もいる。また多くの場合組み立てるロジックの違いは、目的の置き方の違い、状況の解釈の違い、前提の置き方の違いに拠っている。
そんな中でロジックが通ってる/通ってないというレイヤーでディスカッションをするというのはあまりに勿体無い。ましてや相手のロジックが自分の中で通らないだけで耳をふさいでしまうというのは多様なチームである価値を毀損している。そもそもに立ち返ってディスカッションし、更に価値を付加する機会を放棄している。
パートナーのしなやかなさばき(根元にあるのは純粋な知的好奇心かな)をみて、自分も時折つい忘れてしまいがちな、相手の意見をしっかり理解する、自分から価値をみつけにいく姿勢の大切さを改めて思い出した。その姿勢がディスカッションの質を高めるし、なによりチームの力を高めるのではないかと思う。