グローバルキャリア ―ユニークな自分のみつけ方


グローバルキャリア ―ユニークな自分のみつけ方

石倉洋子 (著)

グローバルキャリアについて石倉さんのお話を伺う機会があったのでそれに併せて読んでいた。『戦略シフト』の考え方 – オープン化、ORをANDにする、ユニークさ – を個のキャリアへ適用し、ユニークな自分のみつけ方に光をあてる。

まず雇用環境・仕事環境の変化を掴み、次にその中で上記3つを実践する心構えを説く。そしてグローバルキャリアへの実践トレーニングの手法が紹介あれ、最後はキャリア戦略シフトの実践を自身を含む8人を事例として紹介する。

この本の中でも触れられているし、自分自身も大切だと思っていることは、

P. 107
「活動の主役」はあなたなのです

という点に尽きる。あなた=読み手自身。

いつ、何を、どうするにしても、その全てのケースにおいて、最終的に意思決定を下すのは自分自身であり、その行動の一切の結果責任は自分自身にしかない、ということだ。

人間自分で直接変えられることもあれば、間接的にしか影響を及ぼせないものもある。変えられないものも多い。色々なシチュエーションがあるが、その中で日々生きている自分の行動の全ては、他人にやらされているのではない、自分がそれをやると意思決定を下し自分の責任で自分という人間と時間というリソースを投じてやっているのだ。ということだ。そして、いかなる環境下であっても上記の行動については自分で意志を決定する自由をもっているということだ。

P.106
大事なのは、ざっと状況を判断して、計画を変えたことが「自分の判断」であり、意思決定であると心に刻むことです。予定通り活動をしたいが、実際には時間も余裕もなくてできない、という状態が続くと、新しい問題に対しても集中できず、予定が達成できないという罪悪感が残って、精神的によくありません。新しい状況なのだから前に立てた予定通りにできなくてもかまわない、修正すれば良い、また状況が良くなったら始めればよい、と必ず「自分で」心に決めることです。自分が予定や計画を変えた本人だ、これは自分の意思決定なのだということを自覚することが大切です。(中略)繰り返しますが、「活動の主役」はあなたなのですから。

上記は、自分に振りかかる物事を”他責”にしないという考え方にも通じる。そして次に面白く感じたのは、

P.42
ユニークなプロフィールを見出す鍵となるのは、客観的(外面的)と主観的(内面的)な特色の組み合わせです。(中略)客観的(外面的)な特色とは、国籍、年齢、学歴、性別、資格、仕事の経歴・経験など一般に認めらており、何らかの基準によって誰でも判断しやすいあなたの側面を指しています。主観的(内面的)な特色とは、個人のパーソナリティ、姿勢、相性など、実際にその人と直接接触し、身近で一緒に活動しなければ知ることが難しい特色を示しています。

という点。なるほどと思う。

留学準備でEssayを書くために自分の人生を棚卸するが、その時に自分のユニークネスは、客観的(外面的)な特色を1つ1つバラバラに眺めてもそこにあることは少なく、それぞれにある主観性、そしてそのバラバラな経験をなぜ選択して今まで生きてきたか、点と点をつなぐ主観性を掘り起こした中にあることが多い。

ある経験をした人が大勢いても、その経験を、同じ原体験と理由づけから選んでいるひとはほぼいないのではないかと思う。そういった経験の選択の連続が人生だ。そう考えれば誰しもユニークなプロフィールをもっているはずだと考えたくなる。

また、肩の力をほどよく抜く、ロジックより直感に従う、いという点も言及されていてこれもとても良いと思う。色々なケースが有るのだと思うが、これまで論理的・計画的に自身の将来を魅力的に語っている人に出会っていない。彼/彼女らとの会話から感じることには3つのパターンがあった。

1つは、この人は本当に自分を理解しているのだろうかということ。論理構造やステップに関するwhyは話をするのだが、そもそもなんでそれをやりたいと思ったのかというwhyには触れない人が多かった。

1つは、この人は物事を構造化して計画的にアプローチするのが好きなんだなあ、ということ。その計画そのものの良さであったり、如何にリスクをヘッジするかといったことはとても楽しそうに話すのだが、その中身に対する興味はそれほど強くないのでは?と感じる人が多かった。やはりそこに主観的な話がないからだろうか。

1つは、そもそもなんでそこでロジックをつくったりステップを組み立てる必要があるんだろう?ということ。まずやってみて、いけたらそのまま走り続けて、ダメならそこから軌道修正をかけたらいいと感じるのだけどなんでいきなりまわり道の仕方を考えるのかと。軌道修正できないような話は、特に若いうちは、そんなにないように感じられて。

上記、誰しも真剣に自身のキャリアを考えられていた。論理的に説明をつけることだけが真剣に考えることではない。真剣だから自分の勘に耳を澄ませる、一度過去の自分が”してきたこと”を振り返りその理由を掘り起こしてみる、といったアプローチもあって良いのではないかと思うのだ。

P.53
好きなことが思い当たらない、考えられないという場合、どうしたらよいでしょうか。私の提案は、特技、好きなこと、できることにかかわらず、「好きらしい」ことから考えてみるということです。やってもいい、これは好きらしいということから手をつけてみるのです。

(中略)また、活動自体が好きなのか、あるいはそれをしている「人」や「環境」が好きなのか、と自分に質問してみます。

P.84
すべての可能性を考えて、良い点と悪い点を分析し、意思決定するやり方は、課題自体が複雑な場合や自分の調子が悪く、感度が悪い、つまり勘が働かなくて、多くの人の意見や参加が必要な場合以外は、あまり有効ではありません。(中略)それよりもその場での強いインパクトや鮮やかな印象が心に深く残っているうちに、行動に移すことが大事だと思います。

P.104
毎日の生活に少しでも新しい活動や作業を加えよう、生活パターンを変えようとする場合、肩の力を抜いて始めることがとても大切です。目標とするキャリアやライフスタイルを実現するために明日から生活を一変しようと大げさにしてしまうと、そのプレッシャー自体にまけてしまうことがよくあるからです。

キャリアを考える上で参考にできる理論や事例はいくつもある。ただまず必要なのは、日々の自分の意思決定に責任を持つことであると思う。全てが思い通りになる環境はそうそうない、ならないことの方が多いかもしれない、その中にあっても全ては自分が下した決定のもとの行動なのだという考え方が、自分の内面を強くするし、自分を自由にしてくれる。その結果その先も自分ユニークな人生でありキャリアを歩んでいける。

武器としての決断思考

武器としての決断思考
瀧本 哲史 (著)
ディベートの手法をベースに自分で考え、自分で決めて人生を歩むことを説いている一冊。メリット、デメリットをどのように捉えるのか、そしてある主張に対してどのように問いを投げかけより良い理解を得るのかが具体的に示されている。
”武器としての”というのがいいネーミングだと思う。
ここで紹介されている内容は、あくまで自分の人生を自分で決めて歩むためのツール(武器)の1つであり、これだけが全てではない。そして、それをつかうこと自体は目的になり得ない。ツールについては、よく板に途中まで打ち込まれた釘の話を聞く。もし手元に金槌があればそれを打ち込もうとするだろうし、釘抜きがあればそれを抜こうとする、というものだ。ツールがその人の行動(意思決定)に対して与える影響を簡単に表現する話だと思う。
ディベートの手法でいうなら、何でもかんでもメリット・デメリットを洗い出し、そのために対象へツッコミを入れれば良いというものではないということだ。
その先には自分の選択(決断)があり、その選択にコミットした行動がある。そしてその行動が自分の生きたい人生に自分を重ねるものでなくてはならない。ここをなしにこの武器をつかうことを目的化してしまっては本末転倒だ。
本の終盤に良いことが書かれている。

P.236-237
最後の最後は「主観で決める」(中略)ディベート思考とは、客観を経て、主観で決断する方法です。最初から主観的にものごとを決めるのではなく、一度、客観的に考えてみてから、最後は主観を持って決める。(中略)価値観や哲学の問題には、自分自身で決着をつけるしかありません。(中略)事実に対する判断や予想は、議論を重ねていくなかである程度、収束していきます。ただ、最終的にどのメリット、デメリットを優先するか、重要視するかという「決断」には、何度もくり返すように正解がないのです。(中略)なんらかの絶対解や真実を求めようとすることは、「誰かの決めた決断」や、すでに役割を終えた「古い意思決定」に頼ってしまうという、もっとも危険な考え方、そして生き方につながります。

主観なくただメリット・デメリットを洗い出して比べるだけなら、如何に精緻に洗い出すことができてもその人の人生に一切の価値を生まない。比べるだけでは行動が変わらないからだ。行動が変わらないというのは比べないのと同じ人生を歩むということだからだ。
客観的のみに判断を委ねては自分の人生は歩めない。客観的な分析だけで100%白黒つく問題はシンプルなものだ。自分の人生、歳を重ねる程ステークホルダーも増えるし生きる世界も複雑化する、で決断を迫られる問にシンプルなものは少ない。問を分解してもそうだと思う。どれだけの材料が集まったら、それをどう解釈し、不確実な部分をリスクとして引き受けて前に進むのか、これは主観で決めなくてはならない。
往々にして、この本で紹介されている武器もそうだが、客観的な思考に磨きをかけると、一度主観を失う段階が訪れる。客観的に分析する能力が磨かれるし、それは同時にどのような不確実性が潜んでいるかを自分に知らせるようになるからだ。
そしてその不確実性を磨かれた分析能力で解消しようとし続けるからだ。
必要なことだ。しかし不確実性を取り除くためのリソースは有限だ、人生は有限だ。
この能力はあくまで自分で考え、決断し、自分の人生を歩むための手段の1つだ。使うことは目的ではない。
このことを忘れずに、自分もだが、持っている武器を磨き、活かしていきたいと思った。
印象に残った部分をいくつか以下に抜粋する。
#以下に加えて、終盤のパスカルの言葉には感動を覚えた

P.27
実学の世界では、知識をもっていても、それがなんらかの判断につながらないのであれば、その知識にはあまり価値はありません。そして、判断につながったとしても、最終的な行動に落とし込めないのであれば、やはりその判断にも価値はないのです。

P72
世間では、ブレない生き方がやたら賞賛されていますが、「ブレないこと」自体に価値はありません。

P.103
メリットの3条件
1. 内因性(なんらかの問題があること)
2. 重要性(その問題が深刻であること)
3. 解決性(問題がその行動によって解決すること)

P.111
デメリットの3条件
1. 発生過程(議題の行動をとったときに、新たな問題が発生する過程)
2. 深刻性(その問題が深刻であること)
3. 固有性(現状ではそのような問題が生じていないこと)

p.205
発言で強調されているポイントは実は重要でない可能性があるということ。
 どういうことかというと、たとえばIR説明会(企業が投資家に向けて経営状況などを報告する会)で、「我が社は3年連続、売上40%アップです」と言っていたら、「売上」ではなく「利益」が問題なときがあるということです。実は3年連続で減益だったということがよくあります。
 つまり、会社にも立場があるので、言いたくない情報は隠し、どうでもいい情報は誇張することが多い。これは個人においても同じことです。

P.206
相手が一般論を語り出したら、例外を聞くようにしてください。

P.208
バカをよそおって、知らないふりをして、話全体を自分の知りたい方向性へ持っていくのが、優秀なディベーターの条件になります。

媚びない人生

媚びない人生
ジョン・キム (著)
アツい一冊。この本に若くして出会える人は幸せだと思う。
メッセージの部分部分は他のいくつかの本にも散りばめられている。根本にある考え方は7つの習慣―成功には原則があった!に登場するresponse abilityに重なるとも考えられるし、影響力の範囲に関する部分もある。無知の知は言うまでもない。”自分の”人生を生きるというテーマは史上最強の人生戦略マニュアルに通じるものがある。
でも、この本にあって、上記のような書籍、理論であったりtipsとして整理された内容、にはないものがあると感じる。それは、著者の、読者であり自身のゼミの学生に対する愛だ。著者のこれまでの人生の全てに支えられた、魂の込められたアツいメッセージたちだ。
すでにいくらかの経験を通じて自分の中に”変わりたい”とか”どうなりたい”という火が多少なりともついている人なら理論書で動ける。でも、その火がまだ点っていない人は理論書を読んでも動けない。動く理由が自分の中にないからだ。
この本に込められた熱は心にそういう火を点す力がある。もし過去についた火が消えて心が湿っているなら、それを乾かしもう一度火を点す、背中を押してくれる力がある。
著者が何も包み隠さず、飾らず、臆することなく自分の考えを投げ続けるこの姿勢こそが、ここに書かれている文章そのものよりも力強く読み手を動かす。そんな一冊だと感じる。
印象に残った言葉を一部以下に抜粋する。

P.39
必要なことは、何より自身の成長を意識することだ。未熟から成長に向かうプロセスこそ、生きる意味だと気づくことである。

P.69
知ったふりをするのは、「他者への欺瞞」であると同時に、「自分自身への侮辱」である。

P.87
結果に対する全責任を負う決意に基づいた選択は、常に正しい。

P.112
自己主張をあまりにし過ぎると、人間に軽さが生まれてしまう。(中略)だからこそ、重要になってくるのが、自分は何を主張したいのか、という優先順位をしっかり考えておくことだ。

P.120
自分の思考に、最初から制限を持たせてはいけない。それは人生に制限を設けることと同じである。必要なのは、誰も見たことがない地図を創ろうとすることだ。

P.136
他者に対して、しっかりとした自分を持つことは大事だが、すべてにおいて譲れない硬直さをもった人間は、周りからは付き合いづらい人間に映る。

P.158
最終決定を他人のものにするな

P.201
自分が目指す目標や方向性が変わること、それ自体はまったく問題ない。むしろ変わるのが自然なのだ。(中略)人生の一貫性は他者の評価によって決まるものではない。自分でしかその判断はできない。不可侵領域だと認識することだ。

P.206
いつまで経っても学ぶだけの人は、それだけの存在で終わってしまう。(中略)与えることに喜びを感じる人になることだ。

P.226
最終的に人生における自由を手に入れるために必要なのは、強い自分なのである。それこそが唯一、自然体で、穏やかな状態で人生を過ごしていくことを可能にするのである。

P.227
人生の成功は他者ではなく、自分で決めるのだ。

P.229
皆が挑戦した後、後追い的に挑戦してもそれが持つ意味は薄い。そもそもそういうものを私は挑戦と言わない。世の中がなんと言おうと、自分が信じていること、正しいと思うことを実現するためにリスクを負って行動に移す、それこそが挑戦ではないか。

P.249
自分が自分の成長に対して、一番真摯にできることは、自分の未熟さ、あるいは自分にできていないことと向き合うことだ

あなたの中のリーダーへ

あなたの中のリーダーへ
西水 美恵子 (著)
2009年の5月21日頃に『国をつくるという仕事』を読み感銘を受けた。それからほぼ丁度3年。西水氏の新刊である当初を手にした。こちらは2008年4月ー2012年3月に『電気新聞』の「時評ウェーブ」にて連載されていたコラムに加筆修正を加えまとめられたものとのこと。
前著にも増して胸であり、時に目頭でありを熱くさせるものだった。これは西水氏が自身の考えであり気持ちでありを行動に移し、結果を出してきた過程そのものが書かれているからだと感じる。この本の中に理論や西水氏が自身の経験を体系立てて何かを語ることはない。ただ、西水氏が何を感じ、何をし、どういった結果がでたのか、そしてそこから何を思うのかという話が連なっている。コラムをまとめているので当然短篇集の形をなしているのだが、1篇1篇が濃密だ。線を引き書き込みながら読んでいたらきりがなくなってしまうと感じつつ、ところどころ線を引くのも忘れて読みふけってしまったところもある。そして、読者に対して何をメッセージしているわけでもないが、読者としては心を奮わさずにはおれなくなる。これは西水氏が語りかけずとも、行動する彼女の背中がそう感じさせるのだと思う。
この本の中で自分がキーワードとして受け取ったのは”本気”という言葉だ。泣くも笑うも悩むも憤るも、この本に記されている西水氏の行動のすべてが”本気”だったと感じさせるからだろう、彼女が口(文字)にする”本気”という言葉が重く伝わってくる。そしてそういう彼女だから、”それはまだ本気ではないのではないか”という問いかけもまた重く伝わってくる。
この場で言葉を尽くしてどうこうという話ではない。自分が成すべきと信じる行動はすべて本気でやらねばと思うし、そういう行動であれば自然と本気になるものであり、そうなれないものは本当に自分がなすべきと信じているのか自分に問わねばならぬと思う。
印象に残った言葉を一部、以下に抜粋する。

P.24
「腹の底から信じた」ら、情熱という名の力が湧く

P.37
組織文化は組織の人間がビジョンと価値観を共有すれば変わるというのが、経営学の常識らしい。が、ただそれだけでは、組織文化などびくともしない。人間、頭でわかっていてもハートにつながらなければ動かないからだ。

P.98
 企業や役所等、諸々の組織がビジョンを掲げ一般公開するようになってきた。良い傾向だが、いくら読んでも肝心のビジョンが見えないことが多い。生意気だが、つい本気かしらと疑ってしまう。
 媒体手段が文字であr、信念を持って書けば、言葉が絵になる。組織を成す人々が一丸となって作成し、深いところで共有して追求するビジョンなら、読む人に感動を与える絵になるはずだ。
 人間、感動なしでは本気で動かない。本気で動かぬ人間の組織に、ビジョンを追求し続ける変革は、在り得ない。

P.109
 世銀の株主は加盟国の国民だから、本気で国民の視点に立つ努力をするのが当たり前。本気なら、生活に影響を与える国家政策のすべてが横につながっているのがすぐ見える。国民の生活が、財務、厚生労働などの省庁別に縦に区切られる好都合など、あるはずがない。

挫折力―一流になれる50の思考・行動術

挫折力―一流になれる50の思考・行動術 (PHPビジネス新書)
冨山 和彦 (著)
富山氏の過去の著作はいくつか拝読している。特に会社は頭から腐る―あなたの会社のよりよい未来のために「再生の修羅場からの提言」指一本の執念が勝負を決めるが心に残っている。
当書は上記2冊の内容を踏まえて、リーダーたりうるために必要だと筆者が考える”挫折力”をいかに身に着けていくのかを説いている。冨山氏の著作が鮮やかに心に残るのは、キレイ事を抜きにしたリアリティを感じるコンテンツと、アツい語り口があるからだと理解している。読んでいると本人が力説されている姿が思い浮かぶように感じられる。
僕はこの書籍にて語られているようなエリートではない。人生をかるく振り返るだけでも幾つかの失敗・挫折は容易に思い浮かぶ。迷惑をおかけした周囲の方へは今思い出しても申し訳なく思う。ただ、個人に閉じて考えれば、既に過去のことだり後はどう解釈するか/何を学んで今これからの糧にするかを考え、実際に得るための収穫物の1つだ。過去は変わらないがそれを思い出し解釈する自分は変わり続けているはずだし、自分が変われば過去から学べることも変わるのだし。
勿論挫折を経験した直後は結構なダメージを受けていたのも覚えている。こういうの人間らしくて好きだ。好んで挫折するつもりは微塵もないのだけど。問題はその期間の長さと、次のチャレンジでどれだけこの挫折を生かせるかだろう。
そして上記のように挫折を恐れずに自分の価値観にしたがって行動するということを、どれだけのものを背負ってできるかというのがこれからのチャレンジになるだろう。挫折してもそのダメージを受けるのが自分だけならなんとでもなると思うし。背負うものが重ければ重いほどダメージは大きく、多ければ多いほど傷つけるものも増えるのだから。
心に残ったコメントを幾つか抜粋する。

P.56
だからあなたも、もっと自分の好き嫌いに正直になっていい。そもそも、そのほうが人間として自然である。ほんとうに大事な決断を下さねばならないときは、ほとんどの場合、あれかこれかだ。結果的に失敗しても後悔しないものの決め方は、自分の好きなほうを選ぶことである。何かを捨てれば、その瞬間、捨てられた人々は怒るだろう。しかしそこで優柔不断に問題を先送りしたとき、その先で彼らの人生はより深く傷つき、あなたは一生、心の底から恨まれることになる。

P.63
この際、世界の権威とか、その道の大先生とか、全然気にすることはない。極端な話、必死に自分の頭で考え、自分で仮説を生み出して、挫折を繰り返しながらたどり着いた「自分流」こそが正解なのだ。そしてこの過程において生まれた「勉強不足」の意識こそ、新の学ぶ姿勢である。そこからの学びこそが、新の知識や知恵を私たちに与えてくれる。

P.91
悩むのは「うまくいかないのではないか」と考えてしまうからだ。これは生産的ではない。悩む暇があれば、「やるしかない」の覚悟で行動する。失敗しても、挫折に打ちのめされる暇があったら次の手を打つ。そうすればいずれ、活路を見出すことができるのだ。

P.108
苦しみの底にあって、人はその痛みをわかる人にしか、心を開けないし、勇気づけられないものなのだ。

P.118
どんな格好いいことをいっても、難しい議論を展開しても、現実の人間は、性格と自分自身の根本的な動機づけ要因からは自由になれない。この二つに人間は弱い。私自身も含めて。

P.181
人間の幸福感の多くは、現在の富や地位の絶対値よりも、それが上昇していく相対的な変化にこそあるものなのだ。それを実感を持って知っているリーダーは、厳しい状況でも、いや厳しい状況ほど、仲間や組織を勇気づける力を持っているものである。

P.216
(うまく機能していない組織やチームのほぼ共通の特徴について)チーム全体の利益や目標と、チーム構成員間の人間関係上の都合と、構成員個々人の利益や価値観との間で、共通の領域を見出せなくなっていることだ。組織は人間の集合体。生身の人間はこの三つの共通領域でしか、思い切り頑張ることはできない。

P.246
全体の利益と部分の利益。手段の正当性と目的の正当性。経済的な合理と人間的な情理。これらを正反合するためには、リーダー自身の中に、理想や理念を追いかけ続ける強い志と、それを実現する過程での人間界の悲劇をも飲み込むリアリズムとが、共存しなくてはならない。