熱田神宮へ初詣に行ってきた

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

 

今日は初詣で熱田神宮へ行ってきた。日本らしい年末年始を満喫している。昨年の今頃は生牡蠣にあたったおなかを抱えトレドへ行っていた。さらに言えば12月30日の夜に生牡蠣を食べ、初日の出を見届けて程なく腹痛と発熱を迎えていた(遅ればせながら2012を振り返る)。インフルエンザでなくて良かった。

年始の熱田神宮は初詣客で賑わっていた。お辞儀をして鳥居をくぐり、途中手を清め、本堂へ。これだけの人が密集していても押し合いになることなく、ものを盗られることなくいられるのは日本ならではかなと思いながら、人の波と係の方の誘導に従ってゆっくり歩く。幸い年を明けてから気候は暖かく外にいることはあまり苦にならなかった。

バルセロナで最終学期に臨む前にゆっくりやすみ、英気を養っておきたい次第。

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↓2013年始のトレド

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2013を振り返る -承認欲求と向き合いもがき続けた1年だった

気がつけば大晦日。2013をここに振り返りたい。

1月がIESEでの2nd Termの始まりであったことを思うと、この1年はとても長い時間であったように感じる。来期がFinal Termであり、あと半年程度で卒業と考えるとMBA生活をあっという間に感じる一方で。

良いことだと思っている。自分の経験から、充実している時間というのはこういうものだ。あっという間に過ぎるように感じるのと同時に途方もなく長い時間が経っているように感じるのだ。

ということで振り返る。

1. 自分の仕事の型を拡げようともがいた1年だった

知らぬ間に自分が収まっていた仕事の型を拡げようともがいた1年だった。コンサルタントとして仕事をしてきた経験が長く気がつけばそのスタイルを当たり前のものとしていた。それを、事業会社での新規事業開発やスタートアップでの必要なことを全てやる、結果をだすという経験を通じて拡げようともがいてきた。

象徴的だったのは、スタートアップの1つでパートナー候補をリスティングしその可能性を探っていたときのことだ。創業者のひとりと自分が担当となり、それぞれリストした企業を分担して進めていた。交渉材料でありその提案書は僕がつくったものだった。インターンの期間中で、彼は1社とのパートナー提携をの話を決めた。僕のアウトプットはパートナー企業ではなく、より質の良い提案書とより意思決定者に近づいたコンタクトパーソンだった。

同じインプットをもって臨み、この結果の違い。自身の仕事のスタンスを振り返りアップデートしようと思わせるには十分なものであった。

2. 自分の居場所をつくろうともがいた1年だった

自分の居場所をチームの中でどうにかつくりあげてきたことは過去の幾つかのエントリーで触れた通りだ(いつもチームに傾聴と構造をくれた)。そのに至るまでどのようなことを考え感じ何をしてきたかということは覚えているし、とても貴重な経験であったと思う。

その後、1に書いた事業会社やスタートアップでの経験でもそう、2nd yearになりチームを解散してクラス毎に新たなメンバーで動く必要があった時もそう。常に自分がそのチームにいる意味をつくりあげ周りにそう認めてもらう努力を重ねてきた。

まだ改善の余地があると感じている。周りが上手いからだ。ひいて考えると自分をどのようにマーケティングするかという話になる。多くの仲間がそれがとても上手い。中身があって初めてそれができるという話は言を俟たない。しかし中身だけあってもそれを最大限発揮するためのポジションは自然とはできあがりえない。

3. 自分が何をしたいのかを考え続けた1年だった

自分の経験を拡げる程、自分が何をしたいのか、するべきかのオプションが広がり、どうするべきなのかを考え続けた1年だった。

留学に際して考えぬいて書いたEssayのVisionとはまた異なる新たな考えはいくらでも生まれ、フットワークの軽さでありノリの良さでありを大切にしたい(テンポとノリが大切だから自分の判断基準はシンプルにしておきたい)と思うと同時に、まさに左記のエントリーの中で書いた判断基準、そしてその先にある何を自分が人生を通じて成し遂げたいのかというビジョンは定まりきっていない。

仮説を立てていくつか行動を起こしてきた、その結果が見えてきたものある、いずれにしてもMBAの卒業はひとつの節目になるだろう。モラトリアムともとれるが、立ち止まることなく考え納得の行く道を進んでいきたい。

4. 周りと違うことを楽しめた1年だった

IESEの1st yearは全て必修科目だ。1日3コマのクラスと幾つかのスペイン語のクラス、加えてキャリアに関するセミナーであったり追加のクラスが入る。結果、1st yearは多くの時間の使い道が自ずと決まってくる。しかし1st yearが終わってから、2013の秋からは一転して自由度の高いカリキュラムとなる。

1st yearとのコントラストも多分に手伝ってのこととは思うが、自分で考え、時間の使い道を決め、その機会を獲得していく、自分なりの道を歩めるということはとてもエキサイティングだ。クラスと並行して2つのスタートアップで働いたこと(2つのベンチャーで働く)もそうだし、その他にも幾つかの経験がある。

勿論これは全員に言えることだ。それぞれが異なる道を歩んでいるからこそたまに会って話をするのもまたこれまで以上に楽しくなるはずだ。

 

全てが楽しかったわけではない。その裏には苦しい思いをしたこともある。仕事の型を拡げる裏には、自分の居場所をつくってきた裏には、自分の思い通りに結果をだせず、周りを動かせず歯がゆい思いをした経験がある。自分の過去の経験によって自覚なく満たされていた他者承認欲求が満たされなくなり、自分がいかに他者に依存していたかに気づきそれに苛まれたこともある。自己承認欲求をうまく満たすことができずにそれを行動に繋げられずに感情的になったこともある。得たい機会を得られずに苦しい思いをしたこともある、そこでもやはり承認欲求はついてまわる。

こうした自分の弱さと向きあってきた経験は、(勝手ながら)他者の弱さを慮る仮説を一層深めてくれるものであるし、自分がその状況にて嬉しかったこと、突破するために効果的だったことは、他者が似た状況にいた時にどう振る舞うべきかの仮説を与えてくれるものだと思っている。

成功だけの人生はない(逆も然り)。こうした経験が、論理だけではなく人の根底に流れる感情を理解し、それと論理を整合させ本来望む道を見出してそこを進んでいくための必要なものになると思えている。

 

盛りだくさんの2013であった。もっとチャレンジしていきたいと思う。

最後に、上記の中で出会ってきた、お世話になりつながりを深めてきた全ての方に心から感謝だ。

冬休みバルセロナを離れる前に

明日からバルセロナを離れる。5th Termが始まる直前まで戻ってこない予定なので久しぶりに学校に行く。ケースやサブリーディング一式を取りに。

受け取ってみると最終学期がこれまでで一番厚みがあるように感じた。15cm強といったところだろうか。

偶然カフェで会った友達と、”何がそんなに厚いんだ?”という話になり中身を確認してみたところ、なんのことはない、分厚いテキストが、同じもの(のクラス違い)が2冊入っていた。

なんだなんだ、どうりで厚いわけだと思っていたのもつかの間。幾つか登録したはずのクラスのテキストが無いことに気づく。

なので自分が登録したクラスと、手元にあるテキストを照らし合わせる。

結果、9クラス登録したうちの4クラス分のテキストのみが配布されていた。なので単純計算でこの倍近い厚さあるべきなのだ。

最終学期にふさわしい、学びの多い学期になることを期待しながら帰途につきたいと思う。

最後どのようなクラスで学ぶのかはまたの機会にまとめたい。

4th Termを振り返る

4th Termが今週の水曜日頃に終了した。1st Yearの時のように今日で終わった!とならないのは、2nd Yearの今期から全科目選択となり、また最後に試験かレポート提出かというのも科目によって異なるためだ、そしてそのレポートの締め切りが幾つかまだ先に設定されているためだ。こうして書いている僕もあとひとつレポートを抱えている。テスト終了直後からの旅行の予定を前々から入れていた仲間は水曜日までにすべてを終わらせるべく計画を立てていた。そうではなかった僕は少々ゆっくりと物事を進めている。

ここに4th Termを振り返りたい。

期の最初に書いたとおり、僕は3つの領域に関してこの3ヶ月間学んできた。Emerging Market、Entrepreneurial Management、Leadershipだ。

特にEntrepreneurial Managementに関してが面白かった。実際に2つのStart upで働く機会を得られたからだ。そして、ふとしたきっかけで欧州の起業家、VC、投資家が集うカンファレンスへ参加する機会を得られたからだ。

既にそこでの気づきは3つのエントリーに記してきた。

2つのベンチャーで働く | Embark on working for 2 start ups

スタートアップで一歩を踏み出す。自分が発現できる能力が企業の能力を規定する

自分の持ち味を知る

貴重な経験だった。夏に不格好経営を読んだ際に触れたコンサルタントと起業家の違いは一層身を持って理解を刻むに至った。これは特に得難い経験であったと思う。

そして過去にInnovation Managementとしてクライアント企業内での新規事業計画策定、事業立ち上げの支援をしてきた経験と比べることでもそれとStart upの違いを理解することができた。

Leadershipに関しては自身のPersonalityに関して、反射的・無意識的に反応してしまう自分のTemperamentと、意識的に選択できているCharacterのふたつの観点から理解を進めた。自身のアセスメント、教授のカウンセリングを受け、これからの人生で自身をより良いリーダーにするためにどこを伸ばすべきなのか、そのために何をしていくべきなのか、日々の行動に簡単ないくつかの工夫を加えるということをしてきた。これはまだまだ継続が必要だ。このように、自身の長短を理論の裏付けを持って体系的に理解し、受け容れ、より良い物にしていくというスタートラインに建てたというのも大切なことだ。

ただ、この手のパーソナリティに関してケーススタディで学ぶのは自分には少し難しかったように感じている。自身の過去をケースとして扱い、集中的に理解・内省する時間を合宿形式でとり、その共同生活の中で感じる事も含めて仲間同士で率直なフィードバックをぶつけあっていくスタイルのほうが良いと思う。

経営戦略でありマーケティングでありファイナンスであり、そういうものであればケーススタディが良い。未経験の問題に擬似的に対峙し意思決定の訓練をできるということ以上に、課題と登場人物が切り離されているから自身をその環境に置いて考えられる。一方で課題がパーソナルな内容になればなるほど、ケースで学ぶのは僕には難しい。汎化できないからだ。課題が登場人物の内面にも多分に存在するからだ。自分をその登場人物に置き換えることができないのだ。

ということで、学びを内面に求める、パーソナルなクラスであるほど、他人のケースではなく個々人(自分)の過去から学ぶべきなのだろうと考えるに至っている。

Teamworkに関しては相変わらず仲間に恵まれていた。それに甘んじて低きに甘じていないか、居心地の良さに安住し妥協していないかというのは引き締めて来期に臨みたいところ。

また、プロジェクト等でスペインの外へ行く機会が多かった。ブラジルへ1回、アメリカへ2回、イギリスへ1回。旅行もたくさんしたいが、今はまだやるべきことやりたいことがあるので、それが終わったら、来年の春頃になるだろうか、に計画したいと思っている。

 

気がつけば卒業まで後5ヶ月程だ。

マネジメントのプロというキャリア -何をしないべきかを明確にする-

クリスマスが近い。

さて、短期間アメリカを訪れ幾人かのエグゼクティブの方々とお会いしてきた。その時間を通じて感じたのがマネジメントのプロというキャリアの存在だった。不思議なもので、これまでの仕事の中でそういった方々と対面してきたことは多く、またIESEでのケーススタディでもそういった目線で考え意思決定をすることが求められていたはずなのだが、実際にそういうキャリアの存在を知り彼らの行動様式から学ぶ過程で得られた気づきは多かった。

特に印象に残っているのは、何をしないか、という話だ。

1:1で会話をしている時に、彼の描く戦略であり課題認識でありの話になった。ちょうど経験のある分野だったのでどういう打ち手が考えられるかいくつかオプションを話した。で実行の際には云々かんぬんと。その際に彼が言ったのが上記に関するものだった。”マネジメントに求められるのはまずはゴールを描くことであり、次に課題を特定すること、そしてその解決に適切な人を配置し、彼らが存分に活躍できる環境を整えることだ。そのために、ある特定の課題解決の細部へは入り込まない方が良い”と。

理解と違和感の双方が生じた。違和感は後に消えた。

理解はそのまま。マネジメントのミッションはその組織を率いて結果を出すことであり、まず大切なのは自社にとって目指す意味のあるゴール(>最低限達成すべきゴール)を描くことだ。個人で成し得るようなものではないのだから、組織の力が最大限発揮できる環境を整える必要がある。そのためには自身で重要な課題を設定しぶらさないようにすることも求められるだろうし、その解決に向けて適切な人を配置し、やる気に火をつけ、重要な意思決定をタイミングを含めて適切に行い続ける必要がある。

違和感を覚えたのは、自身のこれまでの経験とのGAPに起因していた。自分がマネージャの経験をしたのは小規模の組織(10名弱のプロジェクト)だ。目的であり課題仮説でありプロジェクトに必要な期間とリソース等定義し、仲間をアサインし、一緒に走ってきた。その時には、勿論結果責任は負う(厳密にはパートナーが負うが)し、自分もタスクの一部を直接担当してきた。やるべきことは定めて、それにチーム一丸でタックルしてきた。

自分がマネジメントに集中するために何をしないべきか、という考えはなかったのだ。その考えを要する規模の組織ではなかったと思うし、そのような性格の組織でもなかったのだと思う。

それが何十人何百人何千人という組織になり、プロジェクト型のみの組織でもなくなり、となってくるとゴールを掲げ組織のパフォーマンスを最大化しゴールを達成し続けるという仕事に集中する人材が求められるようになり、それがマネジメントのプロなのだろう。そのミッションを背負えば自ずと個々のタスクのディテイルに入り込むべきではないのだろう。1日24時間の時間の使い方を考えればそうなるのではないかと想像がつく。

今更なのかもしれない。しかし重要にして新鮮な気づきであったと思っている。