一緒に働く人

最近、一緒に仕事をする相手によって自分のパフォーマンスって結構変わるもんだなあ、と感じています。少し考えてみればチームプレイなのだから当たり前だな、なんて思うのですが今までそんなに自分のパフォーマンスの変化を感じなかったので新鮮です。
この人と仕事をすると自分のパフォーマンスあがるなあ、っていうかこの人と働いてるときが一番自分輝ける!!と思われる存在でありたいものです(ちょっと大げさ)。往々にしてパートナーや優秀なマネージャは一緒に仕事をするメンバーのパフォーマンスを上げる、最大限輝かせるというのがとってもうまいですしね。それに、以前プロジェクトを共にしたメンバーにとっても感謝されたとき(お世辞じゃないと信じてる)、とっっても嬉しかったんですよね。
少しそのときの自分の振る舞いを思いつくままに書いてみると、

  • 相手を優秀だと信じて任せる(実際優秀だったのだけども)
  • 率直に丁寧にコミュニケートする(率直だけど丁寧じゃないのは冷たい。丁寧だけど率直じゃないのは粘着質。率直でも丁寧でもないのは論外。)
  • 共通の目的にコミットする(目的から分解してタスク分担するにしても共通の目的は常に共有)
  • 共通のネタで笑う(特にタフな場面であるほど笑いをとりにいく(そのほうが自分も楽しいし))
  • 思い切り褒める、って言うかお礼を言う。本音で。本人だけに限らず本人の周りの人にも。
  • 話はとことん聞く。気持ちを話してるときにロジックだなんだこだわるのは一切NG。話を切るのもNG。こちらから結論をまとめるのもNG。ただ相手のペースで聞く。
  • つらそうなときはフォロー(実際に仕事を分担とかではなくて気持ちと言葉で)(限界になったら手を出す)

こんな感じだった、かもしれない。

いいとこ探し

最近、ほぼ初めての経験をしている。
信頼・尊敬できるところを見つけるのが難しいヒトとの仕事。
悩むだけなら物事変わらないし、
そもそも目的に鑑みて考えればいいはずだし、
シンプルに行きたい。
以前書いた”無条件に人を信じる”という話。難しいときもあるんだなあ。
なかなか大変だけどこういうの人間らしくていいな、と思えたりもする。

無条件に信じろ

今回のプロジェクトはこれまで経験してきたものとは少し毛色が違って新鮮だしタフだ。一緒にプロジェクトに入っている人は他の業界や職種での経験が豊富で、素直に言えばコンサルタントとしての基礎の部分にはムラがあるがツボにはまるととても頼もしい。
当初は、以前エントリーしたとおりで、コミュニケーションが円滑にできていなかった(今も根気がいる)。それについて、自分でプロジェクトのベースを握ってしまえば許容できる、枝葉に惑わされずに自分でコントロールできると考えていた。けど自分のworkにも限界があるわけでうまくやりつづけるにはちょっと厳しい。
そんなこんなで結局辿り着いたのは、相手をまず無条件に信じろということ。
ゆっくりかく時間がちょっとないが、相手を信じると批判であってもなんであっても素直に、ネガティブな感情を添えずに話ができる。自分が信じているということ、素直にまっすぐに話をしているという姿勢が相手にのしかかっているプレッシャーや、ネガティブな感情を取り除いてくれる。相手も自分に対してまっすぐになってくれる。率直に話をしてくれる。
信頼関係が生まれる。
そりゃあギリギリの状況もあるわけで、信じてるだなんだ忘れてバッサリいってしまうこともあるけど、そのときは後から素直に謝ればいい。その事情を話せばいい。どこかで信頼しあえていれば時間はかかってもチームのつながりがばらばらになってしまうことはない。より密になれる。
その人だからできることがある。
このチームだから出せる力がある。
頑張ろうと思う。
#信頼関係の有/無とコミュニケーションのOpen / Closeでマトリクスを考えると、(おそらく特にあわないと感じられるヒトとの関係は)信頼関係無×Close → 信頼関係無×Open → 信頼関係有×Open → 信頼関係有×Close、となっていくのかなとふと思った(密に結びつく必要性が発生している場合。じゃなかったら信頼できないと感じるヒトと話すことはないだろうし)。
コンサルタントでたまに、不信感ありありというか、上から目線で突き放すように何でもいう人がいるけど(この手の人はロジックは意識できている人が多い。正しいかは別だけど)、それは信頼関係無×Open。そのやりとりしかできないうちは本物のチームにはなれないと思う(本物ってなんだ?信頼感の有無って何だ?って話だけど)。

伸びよう

最近若い人と一緒に仕事をする機会がある。
コンサルティングってなんだ?カセツってなんだ?何を考えたらいんだ?目的?ゴール?So what??Why so??・・・たくさんの?が彼らの頭の上に見える。
そしてそれに混ざっていろいろなものが見える。
・オレはもっとできるんだ、頭の中にはこんな議論が要らなくなるようなアイデアをもってるんだ、という自信。
・でもそれを伝えきれずロジックを突っ込まれる、自分の中で当たり前として気にとめていなかった目的・ゴールの確認、それに対してストレートに答えてと要求される。でもそれらに対してストレートに答えられない自分への苛立ち。
・何でそんな当たり前のことを聞くんだ?という疑念。でも答えられない。
・メンバーの中での上下関係を意識するプライド、そこからくる斜に構える、カルくみせる態度。
・わからないことをひたすら突っ込んでくる相手への怒り。
・そんなこんな抱えてるだけじゃ前に進めないという気づき。
・そして自分の考えをアウトプットすることで消えていくこれまでのネガティブな感情。
・自分の言いたいことが伝わった、答えられたときの安堵・喜び。
・再び自分の中で構築される最初とは違う自信。
わずかな時間の中でもたくさんの表情を見せてくれる。成長を見せてくれる。
そんな彼らに負けない傾きで、自分も成長していきたいと思う。そして矛盾するが、自分が成長する以上に彼らに成長して欲しいと思う。

本気でいこう

今日は先週末で終えたプロジェクトの打上げ。いろいろなつながりで総勢4人で飲みに行く。
笑いが絶えないあっという間の4時間だった。それぞれ限界が来たときの面白行動、その行動を笑えた人笑えなかった人(往々にしてその行動の被害を受けた人は当時笑っていない。横目で見ていた人は当時から笑っている(今となっては誰しも笑える))。そして、そんな行動によって突然の修羅場?に立ち、それをくぐりぬけた人の成長を笑いながらほめたたえる。

プロジェクトのテーマがこれまでとは少し違ったからだろうか。
プロジェクトの体制がこれまでになく複雑だったからだろうか。
プロジェクトを共にしたメンバーがこれまでと違う色の人だったからだろうか。
これまでのプロジェクトと異なる部分の筋肉をつかったような感覚がしている。
思いのほかうまく動いた筋肉もあれば、思ったよりもうまく動かせずすぐ筋肉痛になってしまう筋肉もあった。
大切なのは、そういう部位も使えるということに気づいたことだと思う。
そしてまだ使っていない部位があるという可能性に気づいたことだと思う。
逆に考えて、実は使わなくていい部位もあるのではないかと自分を疑えるようになったことだと思う。
また、今回のプロジェクトでは上記の力加減をどう場面に合わせるかというのも知ることができたと感じている。”できる”との間には勿論大きな壁があるのだけど。まずは知ることからだろう。
新しく使えると気づいた筋肉と、少し繊細になった神経と、環境を感じとる勘。
今回のプロジェクトで得たものもあわせた本気をだしていきたいと思う。
その過程は、後から考えたら笑えて仕方が無いような行動をとってしまう程の限界もあるのかも?しれないが、苦しみやつらさだけではなく、そこしれぬ充実感と喜びに溢れている、そんな気がする。
少なくとも今回はそうだったことは事実なのだ。