一緒にプロジェクトをやっている最近ブログに書いているコンサルタントの方に、ひょんなことから聞いてみた。
メモリアルな本って何ですか?
”あーー、えーっと何だっけな、最初の3ページ目くらいから○○で食事中はみれないような○○な本があったんだよなー。あ、ワンピースとかそういうのも入ってきていい?”
あー、そっち系いっちゃいました?・・・えーっと、自分のコンサルティングを振り返ったときに、この本響いたなーっていう意味でどうでしょう?
”だよね。そういう意味だとなんだろなー、あ!あった。『人を動かす』だ”
おっ、なるほどなるほど。やはり普段の自分の動きにしみこんでるなーっていう感じありますか?
”そうだなあ。簡単にいうと相手の立場に立って物を考えましょう・言いましょうってことなんだけど、たぶんしみこんでると思うな”
なるほどー。参考にしてみます。
と言いつつ思っていた。
それ既に読んだな、と。
なので読んでブログに何を書いていたか振り返ってみた。(2006/7/26エントリー)(もう2年近くも前になるのか)
北風と太陽でいうと太陽だと、そして小手先で太陽になるようなことはしたくないのだと言っている。内容を見ていて、北風とか太陽とかという観点での解釈ではなく、”相手の立場にたって物を考えましょう・言いましょうってこと”という観点で解釈した方が今の自分にはすんなり中に入ってくると思えた。
過去のエントリーでサマリしてあるが、再度読み返したいと思う。
また、このコンサルタントの方からも(こそ)学んでいきたいと思う。
この本に書いてあることそのままにこの方が動いているのかはまだわからないが(わからなくてもいいかなとも思うが)、結果として周りの人が動くのは確かだし、自分も一緒に仕事をしていて楽しいと思う。動きたいと思うし。
自分の本の解釈を変えるようなところまで影響を与えてくれる出会いに感謝だ。
タグ: Book
大逆転の経営
大逆転の経営
エイドリアン スライウォツキー (著), 中川 治子 (翻訳), 佐藤 徳之 (翻訳), 伊藤 元重 (翻訳)
後ほど。(・・・たまってきてしまった。)
[5/15 2:48更新]
昔、ザ・プロフィットという本を面白く読んで以来著者の栄ドリアン・J・スライウォツキーに興味を持ち手にした一冊。ちなみにザ・プロフィットでは企業が利益を上げる方法をいくつかのモデルに整理し、その違いや特徴を分かりやすく小説形式で話している。(ザ・プロフィットに関する当ブログのエントリー)
今回のこの著作の中では、”戦略リスク”というものに着目し、それをただ恐れて回避する/甘受することなく管理しよう、そして成長機会に変えようというスタンスをとり、その方法として事例をまじえながら7つ紹介している。その7つとは以下だ。
1. オッズ(成功確率)を高める
2. 顧客ニーズを推測するのではなく、深く理解する
3. 業界の分岐点でダブル・ベット(両方に投資)する
4. 無敵のライバルとは「別の土俵」で闘う
5. ビジネスデザインを見直し、ブランドを守る
6. ライバルと提携し、死に至る競争から逃れる
7. 需要を革新し、市場を広げる
リスク管理手法に関しては、一般的なリスクマネジメントの内容とほぼ同じで、以下のプロセスに従う。
1. リスクを特定し、評価する
2. リスクを定量化する
3. リスク軽減のアクションプランを立てる
4. 上向きの可能性を特定する
5. リスクマップ(影響度×発生確率)をつくり、可視化し、優先順位をつける
6. 投資判断を調整する
重要なのは(リスクマネジメントの方法論ではなく)”戦略リスク”に立ち向かう、成長機会に変えるということだ。そのために自社の戦略を実行するシナリオを明確に描く必要がある。そのためには自社の戦略が明確になっていなくてはならない。
そしてその戦略を是とせず、そこにおける不確実性(リスク)を受入れ、それによってどのようにシナリオが変わるのかを明確にする(複数のシナリオを描く)。
その後の過程で、リスクのドライバーが動き出す、顕在化するといったことが起こった際に、いかにしてその中に成長機会を見出し、柔軟に戦略を変更して実行に移していくかだ。
当初立てた戦略を実行することが目的化していると上記を行うのは難しい。こういった考え方で臨むとリスクは目的の阻害要因に他ならない。であれば防止・回避するかそれができなければいかに軽減するかまでしか頭がまわらない。成長機会として捉え、戦略を変えるということが目的を達成しないことに含まれてしまうからだ。
1つ印象に残った言葉があったのでここに抜粋する。
待つことは、心地よく習慣性があり、最後には命取りになる麻薬のようなものだ
何事にもいえることだが、アンテナを広げ感度を高め、情報をキャッチすることだけにとどまることなく、それを解釈し意思決定につなげ、行動を変えるところまで自分や組織を動かす意志こそが大切だ。
経営の未来 1/2
経営の未来
ゲイリー ハメル (著)
素晴らしい一冊。まずは軽く流し読みをしようと思っていたのだが最初から本にひきこまれて最後までしっかりと読み込んでしまった。これから先も読み返していくことになるだろうと思う。
21世紀、これからの企業がもつべき経営管理モデルについて、正解こそ示しはしない(それは今ここで分かるものではないと明言している)が、効果的ないくつもの問いと事例を示してくれる。
簡単に言うと、
20世紀、工業化社会時代の経営管理は一部の人間の意図的戦略を策定・実行するためのシステムだった。それに対して今後、21世紀に求められるのは一部に限らず全ての人の創造力と、その意義に従う力を最大限利用した創発的戦略を継続的に策定・実行するシステムである
ということだろう。
単純化して、企業が成長するために2つのものが必要だとする。1つは成長の方向性(自社にとっての成長とは何か?)1つはそこにたどり着く力。
過去の経営管理システムは以下の前提に基づいていた。成長の方向性を見極めるのは難しく、一部の人間にしかできないこと(一部の人間にはできること)である。そこにたどり着くためには体系的(組織的)に必要な作業を分業し、それぞれにおける専門性を高めることで、総体としての力を強められるというものだ。
過去の経営管理システムの前提
・成長の方向性を見定めるのは選ばれた人間にしかできない
・人は自分の活動の範囲と目的を明確に定められないと活動のパフォーマンスを最大化できない
・(企業が大きくなるにつれて)分業し、個々人が正確に理解できる範囲の仕事について専門性をたかめることでパフォーマンスを高めることができる
選ばれた人間が策定した戦略と、そに必要だと考えられるリソースが上から下へ配分されていき、結果ととして個々人の役割と目標になる。個々人に求められるのはその役割を全うし、目標を達成することであり、全員がばらばらに分業された(理解できる・実行できるだろうと区切られた範囲の)仕事を全うすることによって、結果として成長を達成するのだ。
時代が変わった。
人間の生活レベルが高まり、生活における欲求は多様化・高度化した、結果製品・サービスが複雑化した。ビジネスの相手となる人間は一定の地域にとどまらず世界中に存在する。それらを相手にしていかないと一定の規模で競争に勝ち続けることは難しい。
そのような中、階層型組織の上にいる人間だけで”正しい”戦略を立てることができるだろうか。いろいろな現場の意図が含められた現実とタイムラグのあるデータは戦略を立てる有用なインプットということができるだろうか。
一方で、そのような(良くいえば)現場に創造力を求める人間を相手にビジネスをする現場に創造力は蓄積されていないのだろうか?されているとして彼らに上の意図でばらした仕事だけを任せて効率を求めることが彼らの力を最大限発揮させているということができるだろうか?
そもそも現場を分業して、ビジネスの相手に直接触れる人間を限定してしまうことが正しいといえるのだろうか?そうやって強めた生産力によって生産される製品は本当に価値があるものなのだろうか?
今の時代の企業経営を20世紀、工業化社会の経営管理モデルで語ることに限界が生じているのではないか?新しいモデルが必要なのではないか?
(つづく)(若干無理やり感ありますが)
償い
償い
矢口 敦子 (著)
最近出張が多く、移動時間はだいたい仕事をするか、本を読むか、眠るかしているのだけど、読書にあてられる時間と持っていく本の内容の量・質を見誤ると帰りに読む本が無くなってしまったりする。
そんな時、駅の小さい書店で手にした一冊。
素直に言うと、世界に浸りきることができなかった。
これまでそんなに小説を多く読んでいないのだけど、頭の中で無意識に比較していたのは海堂尊さんの書籍、著名なもので言えばチーム・バチスタの栄光だと思う。
なんでだろうと少し考えてみた。
どうも登場人物の像が曖昧なのだ。
元外科医師のホームレス、刑事、思慮深い青年、青年の友達、精神を病んだ青年の母、青年宅の向かいの夫婦、ホームレス数人、元外科医師のホームレスの元同僚etc…
登場人物は大体頭の中に入っているし、ストーリーも頭の中に入っているが、どうもそれぞれの性格や抱えているものを具体的に理解させるような記述、具体的に理解できずとも何かあると感じさせる、思索をめぐらせるきっかけになるような記述が不足しているように感じた(物足りなく感じた)。
小説を読みなれていない自分に想像力が欠如していたのではないだろうか。
上記を書いていて感じたのだけど、海堂さんの著作は、登場人物の像が明確で分かりやすく(キャラ立ちしていて)、記述も具体的だ。登場人物の価値観であり動機付けでありが理解でき、なぜその価値観その動機付けに至ったのかという過去にも十分に触れられ、そこにおいても今とは違う形で登場人物が絡み合っているという面白みもある。それらが興味を引き、おそらく自分はその世界にはいりこんでいく。
おそらく今の自分の中ではそれら=小説となっていたために違う定義の小説を楽しむ想像力が欠如していたのかもしれない(いや、小学校の時とか何百冊も小説含めて読んでいたような。。そららとも違ったというわけだ)。
今のところ上記のような感覚だけど、様々な小説を読んでいく中でわかるのだろう。
それぞれの楽しみ方が。
A型自分の説明書
A型自分の説明書
Jamais Jamais (著)
昨年にB型自分の説明書が出て話題になっていたらしい。
昔から血液型と性格の関係はあまりないと思っていた。小さい頃からB型は○○、A型は△△といった性格を言われていれば、少なから性格に影響を与えるんだろうなと思っていた(だから結果として似てくるというのもあるかもしれないし、見る側がそういうレンズで見るから解釈が偏るというのもあるかもしれない)。
とはいえ、なんとなーく血液型による性格の分類に興味があるのも事実。そのレンズで人をみてみたくなるのも事実。
ということで手にとってみた。
A型の人の性格だったり、行動特性だったりがざーっと書かれていて、それぞれの行の横にチェックボックスがある。感想は”うーん、微妙”という感じ。当てはまるところもあれば当てはまらないところもある(自己診断)。
もしかして自分がA型だということに疑いの目を向ける必要があるのだろうか。。。
複数人で読んでお互いを評価しあったら、面白いだろうと思う。その確からしさはさておき。