家族と自分の覚悟と。

この週末は、体調を崩して入院している祖母のお見舞いのために帰省し、先ほど帰ってきた。祖母の体調は随分良くなっていて、退院の目処もついていた。一安心。
一方で、高齢であり、かつこれまでずっと健康できていた人だから自分の体調が崩れたときの不安、入院するということに対する不安、自分の健康が崩れたと解釈してしまうことによる自信喪失といったことも少なからずあったと思う。そういった、これまで健康であることが当たり前であった、かつ今は不安やフラストレーションを抱える祖母のお見舞いであり身の回りのお世話をしていた家族の疲れもあったと思う。
祖母が退院した後、入院する前と同様のレベルの生活が送れるかどうかというのが気にかかるところ。少なくとも完全に治るものではなく、うまい付き合い方を見つける必要のあるものらしいのでなにかしら異なる点はでてくると思う。そういったこれまでの日常との変化に本人含め家族であり、離れて住んでいる自分でありもそれぞれを調節していく必要があるのだと思っている。
日常の中の些細なことに対してとまではいかないが、自分に何かしらの変化であり影響が及ぶことがわかった際に、もしくはそれらが実際に及んだ際に、自分がどこまでの覚悟を持てるか。あれもこれも変えたくない、これまでのままの自分でありたい、いくらそう思ったって何も状況は変わらない。外部環境が変わった時点で自分(内部環境)を変えずして(変えたとしても)これまでどおりと行くわけがない。
ならその中で自分が守るべき領域であり度合いをどこと定めるのか、そしてそれを実践するために自分がどれだけの資源を投入することに覚悟を決めるのか。
相手がある話なら尚更。そもそも自分だけで上記を決めることさえできない。そのなかでどこに線を引き、覚悟を決めるのか。
僕が生まれてから生活を共にした家族の中で、今僕だけが一人暮らしをしている。そういう環境にあって自分がすべきこと / 自分にできることを明確にして、それはやるのであるという覚悟を決めておきたいと思う。
大げさな話に聞こえるのかもしれながそう思う。上記を明確にせず、ただ変化を受け入れられずに嘆く、変化に流されるというのは避けたい。自分の人生の手綱は自分で握り続けたいし、大切な家族がそれぞれの人生の手綱を手放して流されてしまうのも避けたいし。
特別気負う必要はなくて、ただ覚悟を決めて、行動するだけで良いのだし。
#観点は違うが、@yokichiさんのブログのこのエントリーを思い出した→”Willing to lose

選択する力。選択への責任。自分の範囲。

今こうした事態にあって頭の中に改めてあるのは、レスポンス・アビリティ、レスポンシビリティ。外からいかなるインプットを得ても、それに対する自分のレスポンスを選択する能力は自分にあるということ。その自分のレスポンスの責任は自分にあるということ。
そして何事においても自分の範囲があるということ。コントロールできないこと、直接コントロールできなくてもなにかしらの影響を及ぼせること、自分でコントロールできること。
今こうした事態にあって、いつもより丁寧に上記を考え、自分の中に刻んでおく必要がある。
いくつもの情報に触れられる中で、自分は何を選択して受け入れるのか。そしてその結果何をレスポンスするのか。情報に流されて混乱することも、情報の矛盾を探して誰かを責めることも自分の選択であり自分の責任。自分がコントロールできない範囲の情報はそれとして、自分が影響を及ぼせる範囲、直接コントロールできる範囲に集中して、その影響力でありコントロールを行使するのも自分の選択であり自分の責任。
ここを曖昧なままにしていては、人によっては多くの情報にひたすれ触れ続けることで、そして起こった出来事の大きさの前に自分の無力さを責めることで、心を消耗させてしまうことが起こりやすい状況にあるようにふと思えたので。

始動

1/4に東京へ戻り、1/5から仕事を開始してそうそうに風邪をこじらせて寝こむというアクシデントに見舞われたわけですが、仕事に復帰してプロジェクトも中盤の山にさしかかり、日曜日に初詣にいっておみくじを引き願掛けもし、ようやく本格的に動き始めたという感じです。
ということで近況やら抱負やらランダムにいくつか。

初詣は家から近い等いくつかの理由から湯島天神に行きました。かなり寒かったのですが気持ちも引き締まり、心を改めるのによい機会になったと思います。そしてそう、twitterにつぶやいたうえこちらに写真も載せますが、おみくじ、大吉でした。
”願望 思いのままなり”
この1行がある時点で他は何も気にしなくていい気もするのですが、珍しく良いことばかり書いてあるので幸せです。都合よく信じます。(過去に大吉なのによくよく読むと微妙なことが書いてあった経験があるので)
目標は昨年から引き続き持っています。今年達成します。
#ちなみに大殺界抜けました。3年間、気にすることなく生きてきましたが。この3年間だけをきりとって、自分に起こった変化をネガティブに捉え、全ての原因を大殺界だからとしてしまえば、立派な大殺界だったと言えると思います。でもだいたいそういうのって上に書いたとおりで、物事の捉え方であり原因をどこに求めるかでありでいくらでも変わりますよね。ということで大殺界だということ自体は気にしていませんでした。ただ、今年から運気があがりはじめるというところはそのまま都合よく、根拠なく信じます。(あ、勿論辛い時に、そういえば大殺界だなーと頭によぎったときは、原因を見つけて対策をとるのとは別に、気持ちの整理の方法の1つとして、”だって大殺界だし、冬だし、地中で耐える季節なんだ、そうだだから耐え抜こう。”という思考プロセスは辿ることありました)

年初早々に風邪をこじらせたのですが、これまでの人生で、ただの風邪で寝込んだことはありませんでした。多少けだるくても頭がぼーっとしていても喉が痛くても頭が痛くても鼻が詰まっても、まあそれはそれ、という感じで仕事なり予定なりをこなしていたのです。しかし今回は寝こんでしまいました。3-4日程。病院で診察・インフルエンザの検査を受けて、ただの風邪だというところにおちついたのですが、これほどダメージを受けたのは初めてだったのです。治りも遅くなっていると思います。
忙しさにかまけて体のメンテナンスを怠っていたツケが来たのかな。ということで今年からまず定期的にジムに通うようにしようと思います。体力をつけるのが目的なので週1程度でゆるく。
後は睡眠時間は6時間/日は確保したいところ(既にこの時間になっていますが。。。)。
食生活は。。。どうするのがいいんだろ。まず調べて気をつけるところ見つけていこうと思います。

仕事の方は、もともと計画していたのですが、今年からひとりメンバーを加えて体制を強化して臨んでいます。昨年ひとりでわーーっと考えながら走りながら振り返る余裕もなくひたすら進めてきていたのですが、もう少し落ち着いて集中できそうです。昔から思っているのですが僕はメンバーにとても恵まれていて、どんなときも優秀なメンバーと仕事をすることができます。今回もそれにもれずとても優秀なメンバーと仕事ができはじめていて日々楽しいです。僕が学ぶ点も無数にあります。
”誰とやるか”
本当に大切だと思います。特に自分はそれによってパフォーマンスが大きくかわるとわかっているので。
ということで今年も頑張ります。どうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

空・ラーメン・ソフトクリーム・餃子

実家での暮らしは普段の反動もあってかとてもゆっくりしたものになる。仕事や英語は必要最小限やっているものの投下する時間は少なくなる。その分普段読まない本や漫画を読む時間、食事にかける時間、写真を撮る時間、テレビを観る時間、買い物等へいく時間が増える。
昨日は友達がやっているラーメン屋さんへ。僕は基本的にこってり系のラーメンがすきだ。それでもここの醤油ラーメンはさっぱりしていても美味しく感じる。一番のオススメは実はチャーハンらしいのだけどチャーハンまで食べる食欲はなく。。さりげなくオススメだというソフトクリームを食べてた。ソフトクリームを食べるって事がとても久しぶりだ。コーンの包み紙が懐かしい。
今日の夜は大学時代からの友達とごはん。
そろそろ時間の使い方を普段に戻していこうかなというところ。
今年もめいっぱいチャレンジしていきたい。

たべもの・本・写真のお正月

新年明けましておめでとうございます。目標に向かう道の半ばなのでなにか区切りがついたという感覚はあまりありません。が実家に帰ってきて生活のサイクルが一度ゆっくりになるこの季節。新たに加速度をつけるための期間として使いたいものです(^^
ということで元旦は実家でゆっくり。食べて、本を読んで、写真を撮って、食べてという感じ。
もともとそんなに食べる方ではないのですがお正月らしい食べ物を少しずつつまむのは楽しいものです。
本は普段は年に100-150冊程度読んでいたのを今は我慢の時期として他のことに時間を割いています。そのうち時間を見つけてエントリーに残したいのですが、突然150冊から15冊程度にまで読書量を落とすと、読書の価値を身を持って感じます。
写真は今は年末に手にしたGRⅢを試していて、今は接写が増えています。