今年から新しいヒトとコミュニケーションする機会が一気に増えました。
それが何かと面白いのです。
カンタンに言えばチームが大きくなった、マネージャが変わったという話なのですが。人の動き方やその動機付けの要因が変化するのですね(小さいチームと比べると複雑です)。勿論多様な人がいるので純粋に楽しいというのは大きくあります。
その中で自分についても新しい一面を発見したりします。
おいおい書いていこうと思います。
いつまでも、新しい環境に飛び込むことを楽しめる人間でいたいものですね(^^)
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コミュニケーションの悪循環を断ち切る
コミュニケーションの悪循環。
相手の話の目的と構造が見えないけど口数は多く1回あたり口にする語数が多い
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自分は内容をシンプルにして理解するために突っ込むのだけどいらいらしてしまっているので少しとげのある言い方になる
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相手は頭では一定の理解を示すもののその感情面に反応してまくしたてる。一段と目的も構造も見えなくなる
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自分は最初よりいらいらが大きくなってとげが大きくなる
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相手はその感情面に。。。
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。。。
余裕があるときはいらいらせずゆっくり解きほぐせる。それでもやはり何かと時間がかかる。初体験なのでどうしたものか戸惑いと、新鮮な驚きを覚える。”なんだなんだ??”って感じで珍しいものをみる感覚。
どうしたらいいかなーと考えてみた。
いくつかのオプションを考えついた。
その中で選択したいのは、プロジェクトの全体像を自分の中で明確につくるということ。それをベースにしてひっぱるということ。
昔、英語でコミュニケーションをしてプロジェクトを進める必要があったときに、自分がやりやすかったのはアジェンダを明確にして、コミュニケーションをリードすることだった。相手にリードされて好き勝手話されてしまうと詳細が理解できなくなったり、話を戻すハードルが高くなってしまうから(英語をもっと使いこなせるようになれれば良いのだけど)。
今回も同じことが言えると思う。相手にリードされるがままでいたらその方向も、道筋も、今いる位置もあやふやになってしまう。だったら自分でリードしたほうがいいんだなと(自分がもっと相手の話をちゃんときいて、要するにを都度整理できるスキルと根気があれば良いのだけど)。
ゴールと、そこへの筋道と、今の立ち位置と答えるべき問いが明確になっていれば相手が何を言ってもフラストしない。自分のいらいらは、相手の言動が適切でないと感じつつ修正しきれずに受容れてしまっているか、もしくはそれさえも分からない状態に甘んじて立っているかのいずれかから発生してるのだと思う。
自分は適切なコミュニケーションができているのか。そこを棚に上げずにやっていきたい。
行動を変えれば相手にに与える影響も変わる。影響が変われば相手からの反応も変わる。そしたらまた次の打ち手を考えられる。
今よりももっとうまくチームとしてかみ合っていくために頑張りたいと思う。
最後は自分
今週から仕事にはいるも早々に山場。
次のプロジェクトについて複数のパートナーやマネージャから助言を受ける。それぞれがそのポジションにいるだけの力を持っている(共通の基本的能力、個々の専門性、個性)。そしてそれぞれのポジションによってプロジェクトに対する関与の動機も異なる。提供価値を最大化したいという目的は共通でも、何が価値なのか、どうすればそれが提供できるのかといったところを明確にするアプローチや表現は異なる。
そんな中で大切なのは”最後は自分”というコミットメントだ。
自分達が、クライアントの一番近くで直に彼らの声を聞いてきた。そして実際に彼らと一緒に課題を解決していくのは助言をくれる他の誰でもない、自分達なのだから。
もらえる助言を活用して目的達成に向けてやるべきことを洗練させていくことは必須だ。でもやるべきことを考える動機が、こういう助言をもらったから/指摘を受けたから(直さないといけない)、というのは違う(そして助言する側もそれは望んでいないのだと思う)。
いいプロジェクトにしたい。

インプットを増やす。自分ならではの価値をアウトプットする。
今日1つの提案活動の引継ぎをした。フルで参画するプロジェクトが決まったためだ。優秀な先輩コンサルタントから引き継いで、その後クライアントとの信頼関係も強くなり、解くべき課題・ハイレベルでの仮説・アプローチについても合意がとれつつある状況だった。
気持ちを例えると、デートを重ねてお互いを理解して、なんだかいい雰囲気になって、いよいよ告白だと思ったときに急遽自分が遠くへ引っ越してしまうような感じ(こういう経験ないのだがおそらくこんな感じ)。
大切なのはクライアントに自分達として最大限の価値を提供できることだ。だからそれができるなら自分でなくてもいい。だけど個人的な感情に限ると、気持ちも入っていたし、お客様も本音をオープンに話してくれるようになりつつあった中で去るのは寂しい。
そこで考えてみた。この経験の対処について。
アプローチは2つだ。経験に慣れる(軽減する)・経験を回避する。
まず経験に慣れる(軽減する)。これはインプットを増やすことに他ならない。ここでいうインプットとは経験だ(同様の経験含めた)。こういう気持ちになるのはそもそも自分にとってその提案が、1/1になっていたことにあると思う。捨てる余地・選択の余地がなかったのだ(捨てるというのは誤解を招いてしまうかもしれないが)。それでその1つを手放すとなったらそれは喪失感も大きくなるだろう。逆に多くの経験を抱えているからこそ明確に優先順位を分けて考えることができる。合理的な取捨選択ができる。
前提として多くの経験を抱えられるだけのPerformanceを発揮できることが必要になる。
次に経験を回避する。これは自分だからこそそのプロジェクトができる(自分じゃないとできない)という状況をつくることだと思う(プロジェクトを囲い込むとか隠すとかそういうレベルの話ではない)。当たり前ながらそうであればその提案を他の人に100%渡すことは難しい。メンバーを増やして自分の参画度合いを薄くすることはあったとしても。
前提として、お客様に唯一絶対の信頼を寄せてもらえる専門性を身に付けてる、キャラクターを磨く、そして周りに対してそのポジションを認知されることが必要になる。
とどのつまり、ストレッチできる範囲の経験を重ねて伸びろ、そしてそれを周りに示せ。ということだ(慣れるぞ!っていきなり4つも5つも抱えだしたらおそらくPerformanceが下がる。そうしたら専門性もポジショニングもあったものではない)。
#ここまで個人に限ってに書いてきたけど、実際仕事はどれもヒトとのつながりで成り立っている。クライアント、そしてチームへの貢献を考えずして、その中だから自分が動けているという自覚・感謝の気持ちなく自分本位で動いて望めるものは少ないだろう。
にしてもちょっぴり寂しかったのだ(^^)
