ワールドカップのよこで

深夜-早朝にもかかわらず圧倒的な盛り上がりを見せたデンマーク戦。早起きしてみていたが、さりげなく朝焼けがとてもキレイだった。

友達の結婚式二次会へ

今日は昼には東京へ戻り、そのまま友達の結婚式2次会へ。会場もとてもスタイリッシュだった。恵比寿は普段良くいく丸の内-銀座とはまた違うおしゃれなお店が多い。新郎は同期。プロジェクトを共にしたことはなかったが何かと接点があり、お世話になっていたのでおめでとうの気持ちもひとしお。時間にすれば短い接点なのだけど、その間に彼から教えてもらったことであり、学ばせてもらったことであり、感じ取ったことというのはたくさんあったのだ。
夫婦で今年から2年ほどロンドンに行くとのこと。
彼個人にとっても、ふたりにとっても、実り多く幸せあふれる時間になることを心から願った。
#疲れていたのか食欲がなかったので会では程々に飲みながら写真を撮り、終了後ラーメンを食べに行った。

サボテン

今日は溜まっていた仕事の事務処理を片付け、部屋を片付け、後はひたすら睡眠。なぜこれほどまでに眠いのかと思って振り返ればGW後半からあまり寝ていなかったことに気づく。
話は変わって。
実家からサボテンが届いた。実家には観葉植物が多くあり、家族もその手入れを楽しんでいる。そんな中で僕の生活にはそういうのがないという話になり、じゃあ送るよという姉のはからい。ありがとう。名前等詳細を忘れてしまったが、育つとこのでっぱりが増えていくらしい。大量に増えた姿を想像すると少々怖いのだが、枯れさせずにいきたいと思う。

特別な結婚式

土曜日は同期の結婚式。入社当時、配属が全く同じだった唯一の同期の結婚式だった。僕はその後しばらくしてからコンサルへ職をかえ、彼女も所属をいくつかかえているのだけど、初めて社会人となった頃の日々を共にしてきたというのは特別な経験だ。仕事のやり方であり組織・会社の方針でありについて、右も左も分かっていないながらも持てる能力をつかって/背伸びをしながらも懸命に走ってきた仲間だ。苦楽を共にしてきた仲間だ。
入社当時の自己紹介の時点で既に僕はコンサルになろうと考えていてそれを公言していた。そして彼女は伯爵夫人になると公言?していた(当時の先輩方はいろんな意味でなんてやつらが入社してきたんだと思ったことだろう。。。)。
僕は伯爵夫人と直接会ったことがないので想像に幅を持たせることができる。
土曜の彼女は伯爵夫人よりも幸せ溢れ、キレイだった。きっと。
偶然、新郎とは彼女が知り合う以前に僕は友達になっていた。普段は平和でおっとりした彼も、披露宴でのオープニングとクロージングのスピーチでは堂々とした、立派な存在となっていた。
末永く幸せでいてほしいと心から思う。
2次会、3次会も盛り上がりとても良かった。カメラ係をつとめた。普段一切頭を使わずに気の向くままにとっていたことを少々後悔。こういった責任を背負うと自分の中でどうすればいいかを自分に対して説明ができるだけの材料が求められる。それを埋めるのが、過去の自分の写真への経験・自信であり、写真の出来栄えと知識・テクニックの結びつきでありなのだろうと思う。
なるほど趣味と仕事は違うものだなと感じた。

目標はいい。それは行動に支えられてるのか?

昔からなのかもしれないが、人生にしてもキャリアにしても目標を立てる人は多い。長期目標をブレイクダウンし、年→四半期→月→週→日と、最終的に日々の目標へ落としていく。良いことだと思う。やり過ぎはいただけないが。例えば往々にして、この手を心がけている人は自分中心になりすぎる傾向があるとか。自分の目標は自分で達成できるものだ、最短距離を走らねばならない、自分の計画にないものはノイズであり無駄である、といったあたりの前提を置いているのだろう。
今回はここをいいたいわけではないので横に置く。
そうして目標を具体的にもつことは良いが、自分の口や文字ではなく、行動でそれを支えているのかということだ。目標を掲げて、それを明文化して眺めているだけでは何も変わらない。どれだけ他人に伝えていても、周りに自分がコミットすることを伝えていても変わらない。変わらないことを認識し反省しても意味が無い。自分に自信を失うことは殊更意味が無い(目標から遠ざかる / 諦めることはできるが)。
行動を変えることだ。
自分が使う時間配分を変えることだ。自分の行動を具体的に変えることだ、特に”これはやらない”という振る舞いを特定し、日々チェックすることだ。
目標達成の過程で自分が失う可能性のあるものを明確にすることだ(積極的に失う必要はない)。
自分と関係の薄い人からの信頼を失う、飲み会仲間から外れる、勉強会をやめる(その仲間から距離ができる)、小説の世界から遠ざかる、音楽の世界から遠ざかる、流行りに疎くなる等々。
勿論すべての場合で何かを失うことはない。ただハードルを高く設定する程、それが今自分が進んでいる軌道から外れる角度が大きいほどに失うものはでてくる。もしかしたら失わずに済むのかもしれない、ただ失う覚悟を決めていたほうが良い。何も失わずに自分の達成したい目標が常に達成できるという前提は、タフな場面で自分を苦しめる。それは重くのしかかる。
目標が達成できればなんであれ問題ない。
しかしそれができていないと感じたときに、行動が変えられないのなら、何かを失う覚悟ができないのなら、それは目標を達成することではなく、目標を掲げることで満たされているのだ。それがやりたいことだったのだ。目標と現状のGAPを感じて苦しむことや悩むことが成長だと勘違いしているのだ。
苦労の過程に成長はある。過程自体に楽しみを見出すことはとても大切だ。しかし、それは目標を達成したいと言いながら行動を変えずに同じところをぐるぐる回っていて良いということではない。