カタルーニャ音楽堂/Palau Música Catalana

先週末、初めてカタルーニャ音楽堂へ行ってきた。とても良いと聞きながらこのタイミングまで訪れないのは近くにいていつでも訪れることができると思っていたからだろうか。昔京都に住んでいた頃もそうだった。

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事前に予約をして向かう。これまで表?から眺めていた古めかしい姿とはうってかわって、裏側には新しい近代的な装飾が施されていた。場所を間違えたかと思うほどだった。

チケット売り場には既に列ができていた。Webで事前予約をしておいた方が良い。サグラダ・ファミリアもそうだが、事前予約ができるところは思いの外多い。

以下参考(Web予約ページ)


カタルーニャ音楽堂:

https://vendavisites.palaumusica.org:446/DefaultFramesVisitas.asp?Idioma=ang

サグラダ・ファミリア:
http://visit.sagradafamilia.cat/?lang=en#tickets

サン・パウ病院:
http://tickets.santpaubarcelona.cat/muslink/venda/activitats.jsp?nom_cache=SANTPAU&lang=3


ガイドの方が現れるまで中のカフェで待つ。そしてツアースタート。ディズニーランドのアトラクションのように建物の中に入ってまずはカタルーニャ音楽堂の説明とショートムービーから。

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ガウディと彼の建築物が有名であることは言を俟たないが、そのガウディの師が、このカタルーニャ音楽堂を設計したモンタネールその人である。知らなかった。

その後音楽堂の中に入った後は説明を聞くのはほどほどに、その建物の美しさに魅入っていた。

当日は薄曇りだったのだが、それが手伝って照明の暖かみを強調しており、

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確かにステンドグラスの模様であり色使いはカサ・バトリョのそれに似ているように感じられた。

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そして実際に堂の中に入ると、そこからは言葉を失った。

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外に出てからは、建物の周りを散策し、帰途に着いた。

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サグラダ・ファミリア再訪 / Sagrada Familia, again

卒業前後は、MBA生活に終わりに向けて自分の内面に整理をつけ始める時期であるのと同時に旅行を詰め込みあちらこちらへ飛びまわる時期でもある。それに倣い僕もまずバルセロナを離れる前に近くをぶらぶらと動き出す。

サグラダ・ファミリアへ初めて訪れたのはIESEのインタビューのためにバルセロナを訪れた時、2年前の4月に遡る。何も知らずに中に入った時の第一印象は、

”思ったより新しいな”

だったことを鮮明に覚えている。その前にカテドラルや他の建築物を見ていたからか旧市街を歩いていたからか、僕の中に無意識に設けられた基準に照らすと、サグラダ・ファミリアはとても新しかったのだ。

その後、3-4度程訪れただろうか。そして今回はMBA生活最後になると思う。訪れる度に違う顔を覗かせるような気がしていた。工事中であるため実際に見られる場所は異なったりするのだがそういう意味ではなくて。

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違う顔を覗かせると感じるのは、訪れる日の天候や時間帯によって内部の色合いが異なるからなのかもしれないし、単純に工事が進み実際に異なるものになっているからなのかもしれない。訪れる自分の心の持ちようが異なるからかなのかもしれない。

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この2年間その気になればいつでも見られると思っていたこのサグラダ・ファミリアも、あと少ししたらもう日常の風景ではなくなる。それも手伝ってか今回は初めてエレベーターを使って塔を登った。風を冷たく感じながらも夏さながらの日差しに照らされるバルセロナを眺めた。

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先に書いたカテドラルであり他の建築物にも新築の時代はあった。将来はこのサグラダ・ファミリアもさらに数百年の歴史を持つ建築物として(既に着工後130年以上の月日が経っている)、多くの人々を迎え入れる存在になるのだと思うと感慨深い。

その時この塔から見える風景はどうなっているのか。そんなことをぼんやり考えながらのMBA生活最後のサグラダ・ファミリアであった。

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Officially graduated from IESE Business School / 改めまして、IESE Business Schoolを卒業致しました

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I officially graduated from IESE Business School at 16th May 2014. I had imagined that I felt miss my friends and MBA life in IESE, but I actually enjoyed the whole day with smile because the class of 2014 is so fantastic even though a little bit noisy;p

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This is the end of my MBA journey as candidate and the start of new life as an IESE MBA Alumni. I am looking forward to tackling to my new challenge with like “noblesse oblige” though I believe I understand what MBA is.

Anyway, I profoundly appreciate the support of you all -my friends, family, IESE faculty, and the other people who have directly / indirectly  supported my MBA life for 2 years. I was not able to reach here without the support.

I would of course like to say “Thank you” from the bottom of my heart to team C9 -We are the best ;)

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and to Japan Business Club members – We have successfully survived this funny, interesting, exciting, but a little bit tough journey and finally completed one of our masterpiece, Japan Trek;)!!

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I wish you all can go your each unique way of life as the leader you can trust.

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2014年5月16日を以って、正式にIESE Business Schoolを卒業致しました。卒業式が近くなるに連れて幾分かこの環境であり仲間と離れる日も近いのだなと感じておりました。当日はその気持もあって別れを惜しむ気持ちが大きくなるものと想像しておりましたが、その気配はなく、最後まで笑いの溢れる楽しい一日となりました。幾つかのスピーチの中で、

”この学年は本当にFantasticだ、ちょっとだけうるさいけど;p”

と形容されるのも頷ける一日でした。このノリはこの一日に限ったことではないわけですが。

MBA candidateとしての生活は終わりました。そしてアルムナイとしての生活が始まりました。仕事における新しいチャレンジであり新しい生活でありを心から楽しみにしていると共に”noblesse oblige”を感じ、また自身が投じてきた金銭と時間、そしてつながっている仲間に恥じない人生を進みたいと強く思っております。

とにもかくにも、この2年間いかなる形であっても僕が支えられたと感じる全ての仲間、家族、IESEの教授陣やスタッフの皆様に心から感謝致しております。

MBA生活にまだ慣れていない中で支え合い、時にぶつかり合いながら共に歩んできた素晴らしい仲間であるTeam C9の皆へも心からありがとうと言いたいと思います。

そして、Japan Business Clubとして、時にその枠も越えて、生き抜いてきた日本人同級生の皆へも然りです。楽しく、面白く、たまに体力の限界を感じながらも必死で大成功に漕ぎ着けたJapan Trekは、MBA生活における最高の思い出の1つになりました。

 

僕ら全員が、それぞれエッジのたったユニークな人生を、自身が信頼できるリーダーとして歩み続けられることを心から祈ると共に、そうあるよう一層の精進をして参りたく存じます。

本当にありがとうございました。

サン・セバスチャン再訪 -San Sebastian, again

卒業式を週末に控え、サン・セバスチャンを再訪した。前回訪れたのは2013年の4月末であったのでほぼまる一年ぶりになる。

_aDSC0255サン・セバスチャンはこじんまりとしたエリアの中に無数の美味しいバルやレストランがあり、

何気なく入ったバルのピンチョスも美味しければ、

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いくつものバルがそれぞれ持っている有名なメニューはやはりとっても美味しくて、ざく切りのトマトにオリーブオイルと塩を和えただけのようなトマトサラダも、

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ピミエントスも、

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一日に2度しかつくられない、食べるために事前予約が必要なトルティーヤも、

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一番小さくても850グラムからしかなかったステーキも、

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世界一美味しいと言われるチーズケーキも、

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その他フォアグラも牛の頬肉の煮込みもムール貝もエビもetc…全てが美味しい。

そして美しいビーチがあり、

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歴史を感じさせるカテドラルや建築物があり、美術館もあり、

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それらを持つ街をまるまる見下ろせる展望台もある。

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街にいる犬達はとても人懐っこくて、

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そんなこんなを楽しんでからの帰路では街灯を返す海と波の音が心地よい。

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1-2泊の旅行をするのに適していると思う。

 

美味しかった。

 

[書評] 責任という虚構 – 責任という現象の構造・意味は何か

この本を手にしたきっかけは、今から4年近く前、ライフネット生命の出口治明さんの『ライフネット生命社長の常識破りの思考法 ビジネスマンは「旅」と「読書」で学びなさい!』を読んだことにある。

その中で紹介されていて、タイトルに興味を覚えて購入した。その頃の自分であればおそらく手にしないであろう類の本であったことも購入動機だったように記憶している。そのため購入後他の物事にかまけてそのままにしてあった。ただ心の片隅にずっと残っていて2年前に日本からバルセロナへ引っ越す際にも捨てずに持ってきていた。1,000冊近い本を処分した中で。

”責任という現象の構造・意味は何か”を明らかにすることをテーマに、ホロコースト、死刑制度、冤罪を対象にして複数の哲学的アプローチを試み解釈を収斂させていく。

この本を読み進める中で、『生物と無生物のあいだ』を読んだ時のことを思い出した。それは、どちらを読んでいる時にも、ミステリー小説を読んでいるような感覚を抱いたからだ。

事象に関する詳細な事実情報があり、それに対する常識的な解釈があり、その常識的な解釈に対して疑問を投げ、異なるフレームで事実を再構成し、先の常識的な解釈を覆していく。

この一連はミステリー小説のプロットと同様だ。

また、扱うテーマと適用されるフレームの領域から、話の内容は一部『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』とも重なる。そのため、関連する哲学思想の一端に体系的に触れることができる。その分野に明るくない自分にとってはとても新鮮で刺激的であった。また、物事を掘り下げていくにつれて、複数の学問領域に跨った内容が登場することも面白かった。

 

改めて大切さを認識したのは、本書のはじめにのなかでも言われている次の言葉だ。

ものを考える際の最大の敵は常識という名の偏見だ。責任は何かというような倫理的配慮が絡みやすいテーマについて考えるときこそ、常識の罠を警戒しなければならない。善意が目を曇らせる。良識という最も執拗な偏見をどうしたら打破できるか。

物事に関して考えを巡らせる際に、その経験を通じて生じうる一切の感情は関係がない。自身がいかなる感情を持っても対峙する事象は変化しない。自身の目こそ変化すれ。

先に書いた本書で思考の対象となっている、ホロコースト、死刑制度、冤罪、それをとってみてもそこには当事者が存在し、凄惨な、悲惨な事実が存在する。その詳細の描写を読んでいると自然に感情が湧き上ってくるのを感じる。おそらくこれは常識であり善意であり良識に照らした反応なのだろう。

ここで大切なのは、それを思考と関係させないということは、生じる感情を否定することではないということだ。どのような種類の感情が、どのように生じようとも、それを思考(自身の行動)を関係させないという選択をすれば良い。

そう書きながらこの本で指摘されているいくつかのポイントを思い浮かべる。

意志決定があってから行為が遂行されるという常識は誤りであり、意志や意識は他の無意識な認知過程によって生成される。

意識は行動の原因というよりも、逆に行動を正当化する昨日を担う。意識が行動を決定するのではなく、行動が意識を形作るのだ。

自分の行為の原因がわからないから、妥当そうな「理由」が無意識に捏造される。

私という同一性はない。不断の自己同一化によって今ここに生み出される現象、これが主体の正体だ。

外界から影響を受けずに自立する自己など存在しない。

上記の数文は全てはじめにと序章から抜粋したものにすぎない。この後ミステリーは一層の深みを見せ、そして収斂していく。

素晴らしい時間を過ごさせてもらえた。僕にとっては内容の一部の理解に時間を要したため読了に7-8時間をかけた。