自分の期待を外さない努力

今日のOperation Strategyのクラスはゲストスピーカーを招いての議論だった。物理的に厳しい環境、かつ多様なステークホルダーいる環境で、どのようにCollaborativeに戦略を描き、実行していくか。というテーマだった。
と理解していた。
蓋を開けるとそういう話ではなかった。クラスに対してまず”このクラスで何を学びたいか、そのためにどのような貢献ができるか”を考えさせ、次に各人の経験とそこからの教訓を引き出して議論する。というスタイルで終わった。ごく一部当人の話もあったが。議論のまとめ方も、クラスメイトからの発言をまとめる枠組みは特になく、発言を時系列に黒板へ書いていくのみだった。
3つの気づきを得た。
まず最初に議論におけるコンテンツ以外の重要性だ。それは身振り手振りであり、声の大きさであり、身振り手振りであり、そして議論をまとめる枠組みでありその過程であり、だ。素晴らしい経歴を持ち、自分の内側に貴重な知見を持っていても、その伝え方によって聴衆へ伝わるものは大きく減衰する。基本的に僕はそういったプレゼンテーションレイヤーの要素は全て割り引いて、何を言っているのか、キーメッセージ、ファクト、ロジックのみに注目する。そこで価値を見いだせなかった場合には、次に、モノトーンで本人が退屈そうに話をするよりは、本人が意志を込めて楽しそうに話している相手が良いと感じる。
次に情報発信者の立場で、期待値をコントロールする重要性だ。事前情報は、彼の輝かしいプロファイルと過去の経験、それらをまとめた論文や雑誌への寄稿文であった。そして彼からOperation Systemのキモの1つである”人”の部分を開発する上でのTop Managementの役割は何か、という点についてAddressしてもらう、ということだった。この記述と併せて配布された事前資料から冒頭のテーマであると考えその経験を起点に学びたいという期待値を僕は持った。実際は先述の通り。もし実際の内容が既に想定されているのであればそう明記した方が良かっただろう。その場合、資料の位置づけについてもことわりを入れた方が良いだろう。
そして受信者の立場で、期待値を外さない努力をする必要性だ。蓋を開けてみて期待と異なっていても、自分で自分の期待値を満たす行動はとれるし、とるべきだ。折角の機会であるし、事前の情報から当人の過去の経験であり専門性は理解しているわけだ。であれば自分たちの経験をバラバラとはなすよりも当人に質問をするスタンスをとるのが良かっただろう。この点は僕は反省する。ここに書いたふるまいにクラス中切り替えることができなかったからだ。
自分の期待を外さない努力ってできるし、しないと損だなと感じた次第。

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