タフな状況になるたびに周りの方の優しさ、それに助けられていることに気付かされます。タフな状況はさて置き、そういう優しさを得られることがとっても恵まれているなあと感じます。それを当たり前と思わぬようにいたいものです。
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なぜそう反応するのか
プロジェクトの中で時折想定外のリアクションを返す人がいる。なんでそこにこだわるんだろう?なんでそこでフラストするんだろう?なんでそこは流すんだろう?なんで情報を断片的にシェアするんだろう?なんで?なんで?・・・
そんなときに1つ心がけているのは、そのリアクションを否定しない、ということ。
彼は何を言ってるんだ?何でこのタイミングでこうなんだ?意味がわからない。信じられない。使えないやつだ。やっていられない・・・いくつかの感情的なりアクションというのも選択肢として存在する。だけどこれらは矛盾を含んでいる。相手が間違っている(自分の中でそんなリアクションはありえない)、けど事実として相手はそのリアクションを返しているという矛盾。
自分の中に矛盾を抱えるのは心地よいことではない。そもそも解釈を変えない限り解決もできない、けど上記のような矛盾を含んだ選択肢を握り締めてしまうと、それを変えるには今度は自分が間違っていたということを受容れる必要がでてくる。そしてそれも癪だ、というような感覚を抱いてしまったりもする。
なので否定しない。相手を自分が理解できないとか、信じられないとか、そういう反応は選ばない。わからないなら、その事実を是として仮説を立てる。なんでそのような反応を相手が示したのか。合理性を見いだす。こっちは案外面白い。自分の中に矛盾を抱えていないし、発想も自由だ。そして何よりその仮説は今後に役立つ。その動機付けの要因に先に働きかけて弱める/なくしておくもよし、そこを気遣ったコミュニケーション手段をとるもよし。相手を動かしている要因がわかると(正しい表現ではないと思うが)相手がコントローラブルであると思えるようになる。突発的な想定外のリアクションも許容できるようになる。
現実には時折フラストすることもあるのだけど。そんなときはいつまでも悶々とするより軽く愚痴るなり一旦忘れるなりなんなりしてしまって、適切な選択肢を選んで前に進むのが良いと思っている。愚痴は軽くというのがポイント。笑いに換えれる位で。笑えれば感情的なわだかまりは流せる。

心遣い
今日は、来週のクライアントの重要なプレゼンテーションの準備を一緒にする。こうして舞台の裏側を経験していると、普段目にする様々なプレゼンテーションや誰かのメッセージの裏に、それを支える人々の努力が詰め込まれているんだなと改めて感じられる。その気持ちがあるとどんな内容のものであっても丁寧に咀嚼した上で話をしたいと思うし、自然とそれができるようになっている気がする。
勿論コンテンツの良し悪しとそこにかけられている労力の大小は関係ない。労力が大きければどんなコンテンツでもいいなんていうわけはない。でもそれを理解する過程、相手をmotivateしてもっと上を目指していく過程、ともに前に進んでいく過程においてその労力を十二分に理解したうえで相手とコミュニケーションすることは必須だと思う。
率直に厳しく、それでいて優しく柔らかく、クライアントと接していくことができればと思う。

ふとした感動
金曜日は北陸へ日帰り出張。仕事は勿論のこと、いくからには食べようと出張メンバー2人で固く誓ったのは”カニ”。終電の時間と駅近くでカニが食べれるお店に目処をつけて出発。ちなみに終電は20時前。
ありがちな話ではあるのだけどこういうときのミーティングは長引く。往々にして。
そして今回もそのパターン。
追加の論点を明確にして、ディスカッションをし、次の方向性をセットしてミーティングclose。18時過ぎ。
外に出てタクシーを待つ。18時半前。
同行していた方の中で何度かこの地に足を運んでいた方がおられ、僕達が今日はなんとしてでもカニを食べて帰るのだと話すと駅近くのオススメのお店を教えてくれた。それだけでも既に嬉しい。
タクシーに乗り込み駅へ。18時45分。
お店へ向かう。駅からお店へ向かう道が既に玄人を思わせる裏道。期待が高まる。
お店に着く。18時50分
ふと思う。金曜日の夜だし満席だったらどうしようと。すると案内してくださった方が”大丈夫です、さっき予約しておきましたので。私も同席してよろしいですか?”と一言。もういくらでも同席して欲しい。感動。
テーブルに着く。開口一番”カニは、カニはありますか?”。ありました、カニ。せこがにと言うカニが。早速注文。加えて色々と注文するもとってもお店の方に薦められるままに注文。最終的には”とりあえず以上で”という言葉さえお店の方からでてくる。
前菜とカニの準備がでてくる。あっという間に前菜を平らげカニの登場を待つ。19時15分。
するとまずカニの甲羅に身とミソを合えたものと、卵がでてくる。とってもおいしい。甘くて柔らかくて。ちなみにいっしょに頼んでいたお刺身も白子も牡蠣フライも全てがおいしい。あっという間に平らげる。残るカニの登場を待つ。
お店の方がやってくる。19時30分。
なんと、時間が無いことを既に知られていて、私達の方で身をむいておだしさせていただきますね、と。その優しさにもう感動。3人頭を下げてお礼。
そうしてやってきたカニの身をあっというまに平らげる。19時45分。
そして駅へ向かう。おいしいもので中が満たされているって幸せだなあと思いながら。
結局その後、計算を間違えていたのか電車はギリギリで駅の階段を数年ぶりに全力で駆けのぼることに。おなかがいっぱいのときに全力で走るなんて早々経験がない。。。そしてやっとのことで席についたそれぞれはすぐに眠りに落ちた。
今日ふと調べてみると、せこがにが解禁?になったのは先週のことだったようで、とってもいいタイミングでたべることができたみたい。
器用貧乏
teamにロジカルなヒトが多いとロジックは安心して任せて自分は発想(適当?)を膨らませたり考えをとばしたりする。teamに発想力豊かなヒトやすぐに飛んでいくヒトが多いとロジックは任せられないので自分がロジカルになる。良くいえばteamを補完してteamとしてのパフォーマンスを高められているのかもしれないし、多彩なのかもしれない。でもいってしまえば中途半端というか器用貧乏というか。で、往々にしてそういうバランスを気にしないヒトは補完している相手をみてそれを相手の強み、相手の得意と判断しがちだ。そらある種Fact baseなんだけれども。そしてそら勿論感謝するべきなんだけれども、補完してteamとしてうまく行くのは彼らがいてこそなのだし。
こうしたあたりを考えるっていうことは自分の中に何か重なりたい像があるっていうことなのだと思うし、丁寧に輪郭を彫っていきたいと思う。