わからないから

先程帰宅。できれば今日(5/23)のうちにウェブ進化論を読み終えて(まだ読み終えていません)頭の中を整理してBlogを書きたかったのだけどそれは今後の楽しみに。
明日も早いので、Project Planningについて感じることをばらばらと書きます。

Project Planningで大切なこと
1. GoalとPriorityを明確にする。
2. ”わからない”から逃げない。分解して考え抜く。
3. Planは変化(進化)させるものと心得る。


Goalはまず明確でないとだめ。明確で、且つ具体的なものにすること。Project、特に大規模なシステム等を構築するプロジェクトでは往々にして”つくること”が目的になる。
勿論プロジェクトのフェーズによってはそうあるべきときもある。しかし、いつでも忘れてはいけない。”何のために”自分はそれをつくっているのか。基本。

100%正しい計画なんてものはない。あえて言うなら”ここは正しいとはいえない”という部分を持っている計画は、ある意味正しい。未来のことはわからない。
そこで大切なのは、わからないから適当でいい、という短絡的な思考の誘惑に負けないこと。そのスタンスでつくった計画には魂がこもらない。当事者はじめ、誰もコミットしない。Baselineにもならず、絵に描いた餅になる。
わからないなら考え方を変えてみる。
何がわかれば確実になる?”わからない”を減らせる?Manage可能になる?、これがわからないとどんなデメリットがある?”わからない”のウラにはどんなリスクが潜んでる?そのトリガーって何?リスクの期待値はどの程度?で、それらはいつまでに明確にできれは回避できそう?
わからないなものこそ”仮説”をもってプロジェクトに進む。
100%正しい計画は無くとも、想定したトラブルが発生するのと、想定外のトラブルが発生するのではインパクトに雲泥の差がでる。

計画はあくまで計画。2で書いたようにどれだけ考え抜いても、その範囲内に収まる保証はない。大事なのは”これは計画、計画は正しいとは限らない。そうこの筋道は正しいとはかぎらないのだ”と自覚しておくこと。
計画を緻密に立てれば立てるほど、頑張れば頑張るほど、”思い入れ”が強くなる。それを正しいと思い込みたくなるし、正しいものに仕立て上げたくなる。
事実を歪めて、事実を計画にあわせようとする。
事実が計画と乖離してきたら、”これってそもそも計画が間違ってるんじゃない?”という視点も忘れてはいけない。
諦めず、なげやりにならず、こう疑ってみて立て直せる、結果としてさらに強い計画に進化させられる、このマインドを持っているかいないかでプロジェクトの成否は大きく変わる。
2と矛盾するが、考え抜くことと、実行のタイミングを逸することは紙一重。わからないからこそ考え抜く / わからないからこそいつまでも考え込んでないで一歩踏み出してみる(仮説を持って検証してみる)、そして進化させてみる。
GoalとPriorityがそのタイミングを教えてくれるのだと考えている。

時間の使い方

時間の使い方を変える必要がある。
Projectが徐々に忙しくなりつつある、というのもあるのだけど、自分としてやりたいこともだんだんと具体的になってきて、というか現実的になってきて、徐々に地に足をつけて歩き始められてきているからだ。
何故もっと早く気付かなかったのか。
どんな過去を積み上げてきたのか。
と、どれだけいってみても、絶対に今より早く気付くことはできない。後は効果的/効率的に先に進むことを考え、そして進んでいくより他ない。
ひょんなことからウォレン・ベニスについて調べた。
彼が言う、リーダーの共通項は5つある。

リーダーの5つの共通項
1. ビジョンによる結束
2. コミュニケーションによる説得
3. 方向付けによる信頼獲得
4. 積極的自尊心による自己開発
5. 失敗からの学習

リーダーは他者を引き込む構想や情熱的なビジョン、使命感を持っている。そして、それらを持ちつつリーダーは周りの人々にも並々ならぬ注意を払う。
リーダーは時には図やモデルや比喩的表現、たとえ話を用いて、自分のビジョンを相手に伝え、明確に理解させ、駆り立てる能力を持っている。
リーダーはビジョンを実行するための自分の立場を一連の行動を持って確立し、それを一貫して継続することで信頼を築き上げている。
リーダーは自分がどういう人間で、どんな価値を持っているかを正直に評価し、他社に信頼感を与える。積極的自尊心とは、①自分の長所を良く心得ること②それを大事にしさらに発展させること③自分の長所や短所と組織のニーズの適否をきちんと認識することの3つの要素からなっている。
リーダーは、失敗を勉強になる経験として捉えて、そこから学習する。
リーダーになりたい。とは思わない。しかし、自身の夢やビジョンを堂々と持っていて、それを楽しそうに語りかけて巻き込んでくれる。部下を認め注意を払ってくれる。そして行動は夢やビジョンを実現するという1つのゴールに向かって一貫性を持っていて、自分の強み弱みを考えて、組織に貢献するために、組織として進むためにはどうすればいいのかをちゃんと考え抜いている。
そんな素晴らしい人間がいて、共に働けたらどれほど楽しいだろうか。
そういう人間でありたい(^^)

KKD

KKD。それは、K(Kan(勘))、K(Keiken(経験))、D(Dokyo(度胸))。
かつて考え方としてロジカルシンキングがはやりだしたころに、どちらかというとネガティブに扱われていた3要素。
物事を判断するときにKKDだけに頼るのはいかん、と。
物事を考えるときに、(そもそも考えもしないで)KKDではいかん、と。
でもここにきて、KKDの大切さを感じる。
おそらくなのだけど、ロジカルシンキング等のものがはやりだして、誰しもがそれをかじり、論理的に簡潔に話をできることが、そもそも会話をすることの前提条件となりつつある中で、間違えた身に付け方をしてしまった人が多いのではないだろうか。
ロジカルシンキングによる物事の判断は善であり、KKDによる判断は悪であるというところを、なぜか、KKDは悪であるという解釈になってしまっているような気がする。(そもそもロジカルだろうがKKDだろうが、継続的に結果を出し続けることができるならそれでいい。)
結果、こういうタイプの人が増えてるような気がする。
頭はいい。論理的で物知りで、知的好奇心も強い。
ただ、”決められない”、”自分の”判断で前に進めない。
いつの間にかロジカルシンキングは2のネガティブな要素を生み出すようになっていたのだ。
●ロジカルに(機械的に?)判断して、No、無理、と言ってしまう過剰な防衛意識。
●自身の過去の経験に基づく、もしくは直感的な勘や度胸を打ち消すブレーキ。
100%正しいことというのはそうそうない。
1度間違えたらそれで全て終わり、という機会もそんなにない。
KKDがこれからまた大事になってくると思う。
論理(頭)に振れて、頭を強くして、それを持って次は直感(心)に振れてくるんだろうと思う。
何となく。

ダメ。ゼッタイ。

最近周りを見ているとどうも、”正しいことをやる”から”正しくやる”にシフトしているような気がする。
勿論100%正しいことなんていうのはないのだけど、それでも”正しい”という表現を使うと、”正しいこと”を”正しくやる”ことが必要。
それが正しいことなのかどうかも不明確なまま正しくやってみたってその先そのままいったら効果的/効率的に失敗に終わる可能性は高い。全てがそうとは言わないが。
正しいことなのかどうかわからない状態で、その何かを正しくやろうとする。
ダメ。ゼッタイ。

プロフェッショナルとは?

少し前の話になるが、先週の木曜日(4/13)研修を受けた。講師はある著名なコンサルタントの方だった。
一日、QAを挟みながらの講義。本題そのものに関する学びは勿論のこと、研修中、そしてその後、自分の中で改めて考えた印象深かった内容は”コンサルタントとは何のために存在するのか?”、”プロフェッショナルとは何か?”という2つだった。
抽象的な話にとどまるが、コンサルタント、そしてプロフェッショナルというものについて考えていることを少し書きたい。
”コンサルタントとは何のために存在するのか?”これはシンプルだと思う。簡単に言ってしまうと、”Clientの継続的な成長”のためだ。Clientの成長とは何か、それを継続的に実現するためにはどうあるべきなのか、それに対して現実とのGAPはどこにあるのか、そのGAPを生み出している本質的な問題/その原因は何か?、そこに対して最もインパクトのある打ち手は何か?それらを実行するためにはどうすればいいのか?それらをClientと共に描き、頭・心・体の全てでCommitできるものを練り上げる。そしてそれをClientが実施する過程を支援する。
以上を実施すること。そのためにコンサルタントは存在する。当たり前だけど大切なのはこれを当たり前に実行し続けること。
”プロフェッショナルとは何か?”これもシンプルだと思う。簡単に言ってしまうと、”継続的に目的を達成し続けられる力を向上させ続け、目的を達成し続けられる人間”だ。
講師の方の話で印象に残っている話がある。彼が新しい事業所の立ち上げのために半年ほどフィールドのコンサルタントを離れ、社内のライン業務に従事した後のこと。半年ぶりに彼がフィールドのコンサルタントとしてプロジェクトに入ったとき、そのときのマネージャ(彼も日本を代表するコンサルタントの方)から言われた言葉。
「お前、なまったな。」
彼はその言葉を聴いて背筋が凍ったといっていた。本当に怖いと思ったと言っていた。一瞬引退も考えたと。
野球やサッカーと同じ。目的を達成し続けられるための成長をとめてしまったら、目的を達成することができないのであれば、その場合はプロフェッショナルとして存在することはできないのだ。
今の時代、ロジカルシンキングなんてコンサルタントに限らず殆どのビジネスパーソンが一度はかじっているし意識をしていると思う。経営活動にかかわる一連の体系的な知識にしても、国内でも質の高い学習を受けられる環境も整い、MBAを持っているClientだっていくらでもいる。
そんな中でもコンサルタントというプロフェッショナルとして存在し続けるために必要なもの。結局は最初に書いた通りなのだけど、それは、
正しい問いを特定し、それに対する解を導き、その解を最もインパクトが大きくなるようにやり方を組み立て、Clientの実行を支援して目的を達成する。
愚直に、そしてClientの目的に対して徹底的にCommitしてやりぬく。そんな姿勢を貫き、結果を出し続けることではないかと思う。
結局それかよ?
と自分でも感じる。
それと同時に、結局これだよな。とも感じるのだ。
そして、自分がコンサルタントして存在し続ける限りは、こうありたい、と思うのだ。
逆に言うと、こうあれなかったら、それはコンサルタントではないと思うのだ。