Discussion Partner

内容は後ほど(^^)
…と言っていると書く時間がいつまでたってもとれないのでここで書きます(^^)
このとき、そして今も、言いたかったことは”Discussion Partner”っていうのは本当に大切なものであり、また必要なもである、ということ。自分の傾向を見ると、一人で頭使って考える方へ簡単にシフトしてしまいがちで、それで消化できているうちは良いが、回らなくなってくるとそこでスタックしてしまうという悪い部分がある。
そんなときに、周りから突っ込んくれる人、もしくはこちらから話を出来る人間がいると非常に助かる。そんな人間をここでDiscussion Partnerと呼んでいる。助かる点は、簡単に書くと3つある。
1. 思考の幅が広がる
2. 思考が深まる
3. スタックを解消し前に進めるようになる

である。自分の悪い点からしても最も助かるのは”3. スタックを解消し前に進めるようになること”である。
では、どんな人間が(少なくとも自分にとって)Discussion Partnerとして優れているのか、ちょっと考えてみると要素としては3つある。
1. 論点を外さないで会話ができる
2. 目的に忠実であり、且つ事実に寛容である
3. 内側でスタックせず会話のTableに全てを出せる

簡単に言うと、論点は外さないで会話を進められるけど、かといって目的に向かって最短距離を走る、無駄な会話は全て切り捨てる、というようなシステマチックなコミュニケーションではなく、Discussionの中ででてくる、目的には直接関係無いかもしれないけどこれも事実、という話しを受け入れ、整理して、幅を広げられる。また、Discussionする中で自分の内側に問題をしまいこまず、全てDiscussionのTableに載せることができ、それを客観的に捉えていける人である。
…都合が良すぎるだろうか(^^;)
ただ、乱暴に言って、コンサルタントが最低でも経営者のDiscussion Partnerが努められる程度の存在でなくてはならないと考えると、上記、自分ができていなくてはならないことになるのである。
昔、大切なのは周りに対して透明であること、と考えた。
自分が何をすべきか、そして今何を考えているのか。自分の内側を掘り下げるのも良いけど、そもそも外側に対して自分の行動を認知してもらう行動も(こそ?)大切なのだろう。

失われた意志の力 2/3

書いていて辛くなってくる(^^;)でも全ては(そして一部は現在進行形の)事実。
書いて整理をして、その上で次へ進みたいと思うのだ。
どんなに最低な、消してしまいたいような自分でも、自分なのだ。
■2■
愚かしいリーダーとしての自分は、自分にとって何とも言いがたい存在だった。そして周りにとっても噛み合わない、しっくり来ない、中途半端な人間として映ってただろうと思う。
自分にとって何とも言いがたい理由は、その愚かな行為を自覚しながら継続しているというところに起因していた。自分の理想というのは持っていて、それに近づくためにこれまで努力を続けてきていたと思っている。で、その中である程度認められ、自分の強みや弱みが見えてきた、これから強みをさらに伸ばし、弱みをリカバリーし、成長を続けていこうという段階に立っていたはずだった。
それが現実には、自分が”こうはなりたくはないな”と思うような不誠実で、不完全燃焼で、逃げ腰で、成長意欲を持って仕事に望めないダメな人間になっているのだ。で、それを自覚しながら日々湿ったというのか、腐ったというのか、そんな時間を過ごしてきたのだ。
それは自分をその”こうはなりたくはない”という枠に納めてしまうのに十分な時間だったと思う。周りからのReputationが下がると共に、自分の中でも”やればできるんだ”ただ、やりたくないんだ、…じゃあお前今何やってんだ?という回路から徐々に自分はダメだ、と思うようになって来たのだから。自分の中で自分のReputationは順調に下がっていた。それは自分に対する失望であった。
時には一時的にでもMotivationが上がり、今ここにいることを自分で選択しているのだから楽しもう、機械として捉えて成長につなげよう、と思ったことも何度かあった。しかしそれらも長続きはしなかった。
悪循環だった。
最初に躓きやる気を失う → 中途半端なPerformance → 周りからの信頼を失う → 必要とされない存在となる → 自分の必要性(存在価値)を感じられない → やる気を失う → …
というスパイラルに見事にはまっていたと思う。そして、それでも時間は流れてゆく。そしてやるべきことは当たり前ながら変わらない。先送りしても事態は悪くしかならない。後々クビを締めると共に、それは自分だけでなく、メンバーも、他チームもそしてお客様もだ。わかっていた。全て頭では分かっていた。分かっていて継続していた。年末までの我慢だから、そのときスムーズに抜けられるために最低限のことはやろう、そう自分に言い聞かせながら日々を過ごしていた。
WBSはもう適当なもの。管理のための資料ではなくただのタスクの山に過ぎない存在になっていた。また、チームとしての成果物を作成する以外の他チームとのCommunicationは最低限にとどめた。どうしても開発チーム円滑に連携できるような関係を築くことができなかった。
協力的な態度はとってもらえなかった。当たり前だろう。自分が相手に対して協力的な態度をとっていなかったのだから。
そうして僕のチームは現場から距離を置き、現場の熱感覚は伝わらなくなってきていた。それと同時に品質を高めるための自分達のチームからの発信もおそらくだが現場には届いていなかったのだろう。
そして自分はメンバーとのCommunicationもあまり取らないようになっていた。
…途中からずっと気付いていた。こんなにPerformanceの低い自分は初めてだと。こんな自分を誰にも見てほしくなかった。自分がこんなものだという印象は誰にも与えたくなかった。
自分が過去に努力して積み上げてきた、自他への信頼であったり実績であったりというもの、即ち様々な人間としての財産がみるみる磨り減っていくのを感じながら日々を過ごしていた。
自分としてやりたいことがる、なりたい理想がある、なんていう熱を失ってしまう、ただの仕事の出来ない馬鹿な人間に成り下がってしまうことがひたすら怖かった。だから自分は一層仕事から距離を置いた。逃げれるものなら逃げたいと思ったことが何度かあった。
Critical ThinkingもCreative Thinkingもあったものではなかった。
思考は停止してしまっていたし、心も不安と言いようの無い怖さ、自分への苛立ちと失望、そんな感情に支配されていた。

失われた意志の力 1/3

今のProjectで自分は意志の力を失っている。
その過程をまとめておきたいと思う。
それを顧みて次の成長へつなげるために、そして今からでももう一度意志の力を取り戻してProjectへ再びCommitするために。
■1■
リーダーとしてアサインされたのは7月の半ば。それまで1週間程度の期間を得た自分は、初めてのリーダーというロールに対して自身の理想像を描いていた。リーダーシップ、コーチング、モチベーション、交渉術、etc…リーダーは自己のみの成功・成長を達成するものではなく、メンバーの成長でありチームの成功を達成するために存在すると考え、これまで自分の中で弱い部分であると認識していたCommunicationであり、人を引っ張るリーダーシップに関する知識をまず頭の中に入れて、それを実践することを強く自身へInputした。
また、自身がリードすつチームがProject横断的なチームであり、Projectの成功のためには必要不可欠なロールを担っているのだという認識の下、自分たちとしての方針であり、その方針に合致した基準であり、行動の手順というものを定義した。
自分に足りないインフラ周りの技術的なスキルを補うようなメンバーが欲しいというリクエストも添えた。自分がリーダーとして動く以上、自分が満たせないチームへの要件は、それを満たせるメンバーを入れる(もしくは自分が学習する)ことが必要だからだ。
リーダーというロール、そのチームのMissionというものに”わくわく”を覚えたことを覚えている。
当初はコーチとして上に1人、メンバーとして下に2人という構成でチームを立ち上げるということであったので、まずProjectの中で求められている成果物を確認し、上位のグループ、コーチと会話を重ねてWBSを作成した。
自分としてはこのチームは他チームに先立ってMissionを達成するためのガイドを作成し、それをチームへ浸透させてその実施状況をトラッキング+(必要に応じた)軌道修正支援をするPositionであると認識していた。なので、まずはProject全体における活動方針、成果物の目的と概要等の作成から入った。
その過程で自分はコーチのPerformanceに疑問を持った。Communication不足であったのかもしれない。コーチからそれほどアドバイスらしいアドバイスをもらうことはできず、自分でも知っている内容を話すか、自分の考えにただ賛同するばかりだった。生産的なディスカッションはあまりできていなかったと思う。GROWモデルを使ってProjectの状況と自分たちの活動を再確認してみても、彼は”良いと思います”と言うだけだった。
これに関しては2つの感情がある。1つは”甘えるな”という自分への感情、1つは”甘えるな”というコーチへの感情、だってコーチのコストは自分の2倍以上なのだから。
結局コーチはEarly Releaseとなった。費用対効果があまりに小さかったためだ。ただ、そのコーチと共に作業をした1ヶ月強の期間で、自分はそのProject、自分に任せられたロールに対してのCommitmentを失っていった。
コーチがいる2ヶ月(当初予定)のうちに自身で学習し、コーチのサポートを受けて方針等大枠は固め、あとはメンバーとのコミュニケーションパスを築く予定でいたが、それらがすべてできておらず、自分としてはQualityを保証できない中途半端な成果物がつくられていったからだ。そして、そのコーチに対してネガティブな感情を抱いていた自分は、それを修正するだけの力を出すことをしなかったからだ。すべてできていない、という言葉の通り、チームとのコミュニケーションは、むしろ中途半端な成果物を作成したために”疎”なものとなり、ただでさえチームに対して(品質を高めるための)負荷をかけるチームでありいくらかのやり取りがあるのに、最初の時点で信頼関係を築くことができなかった。
コーチがいなくなり、Commitしきれていない全体像を定義した成果物と、若くて優秀なメンバーが残った。
自分はメンバーの成長というものを大切にしたかった。自分の理想のリーダーに重なりたかった。当たり前であるが、目的にCommitし、それを達成するための適切な手段を考え、それを実装するためのスケジュールを引き、それらの過程でメンバーのチームワークへのCommitmentを高めながら、メンバーが成長するために必要な仕事を割り振るというのが簡単なところだ。メンバーへは目的、求めるアウトプット、そのために使える情報、期限を明確に話をして、あとは任せてアウトプットのレビューをしていく、という形式でチームを運営しようと考えていた。
しかし、自身がProjectでありチームのMissionにCommitしきれていない、”逃げ”ていると感じているときに、上記にあるような理想のリーダー像に重なることはできなかった。
意志の力は失われ、Motivationは下がっていた。
自分の手の届く範囲の作業を取りまとめ、作業レベルでメンバーへ渡し、必要に応じてアドバイスをしながら管理する、ただ管理の基本となるWBSにCommitしていないため曖昧な、雰囲気としての管理にとどまるという、典型的な×リーダーに自分は成り下がっていた。正確にはもともと理想のリーダーに100%重なることができていたわけではないが、重なろうという意志を失っていたのだ。
愚かしいリーダーとして自分は日々活動していた。

意図的戦略 / 創発的戦略

意図的戦略と創発的戦略。GMSの経営戦略の中で触れた大きく二通りの戦略について最近考えている。
■意図的戦略: トップダウンで計画された戦略
●創発的戦略: 活動の結果(ボトムアップで)現れる戦略
…時間の都合により自分の考えを端的に書くと、
「意図的に人が創発的に考えられる場をつくることが大切ではないか」
「世の中頭で分解して把握できるほど単純には出来ていないけど、心で捉えられないほど複雑には出来ていないんじゃないか」
ということ。
そして意図的と創発的をレイヤーで分けると、そしてそれを企業で考えると、トップには理念、ビジョン、そして戦略があり、その下に戦略を意図して作られた組織があり、その下には、創発的に思い、考え、行動できる場を意図的につくって、その創発的なアウトプットを意図的に抽出して、より効果的な創発的活動を促す場を意図的につくる。
そんな、戦略に対して意図的、創発的にアプローチできる、頭と心を往来させるような場(組織、集団)をつくることが大切なのではないか、と思うのだ。
意図的にそしきに”ゆらぎ”を起こす部分を持たせるというのだろうか。
そしてそんな中に”異質”な人間を放り込むことができたら、面白いと思うのだ。
で、書こうとしていた創発的戦略/意図的戦略はどこへ行ったのだろうか…
…以上、創発的日記(^^;)

発散思考・創発的思考

今日、Projectの合宿を終えて家へ帰ってきた。
ネットワークも限られ、携帯もPHSも届かない環境でディスカッションを重ねる。最初はネットに繋がっていないことに若干の違和感を覚えたが、慣れてくると目の前のことに集中をするのに非常に適した環境であると思え、十分に楽しむことが出来た三日間であったと振り返ることが出来る(接続して、もう一方のProject関係のメールが××件入っていたときは”ずしっ”と来るものがあったが(^^;))。
今回のProjectは非常に学びが大きい。
将来の世の中とは?
Innovationとは?
Serviceとは?
そしてそれらを考え、アウトプットを出す過程で、タイトルの「発散思考・創発的思考」の面白さを全身で感じる。これまで意図的偏重だった自分、意図的に創発的思考をする、ということをしてこなかった自分の中で若干錆付いているものだ。
“Beyond the Logical Thinking.”
まだまだStretchする余地はいくらでもあるし、まだ自分というもののかたちを定義してしまうにはあまりに早く、あまりに未熟である。しようとしていたわけではないが、自分の中でのイメージがあまりに固定的になっていたと感じたため。
InnovationをIncubateする、その過程は意図的に定義されるものでなく結果として、創発的に練り上げられていくProcessであったとしても、そこでValueを出していけるConsultantでありたいと思う。
今後の自分を考える上でも、ConsultantというProfessionを考える上でも非常に自分にとって示唆に富む気付きを得られるProjectである。
*Leaderをはじめ、Memberの方々も本当に優秀且つ個性的で楽しい(^^)この素晴らしい仲間にもっと貢献していきたいと思う。