STR Day5勉強会

今日は午後からSTR Day5勉強会。…勉強会のための準備が間に合っていない(^^;)今回のケースはアパレル業界。このまえ書いた友達が頑張っている業界だ。ケースを読んでいると、彼の口から出ていた用語が散見される。彼が今度参画するプロジェクトの位置づけが、業界の変遷も含めて”なるほど”と思えてくる。
このケースを終えたときにまた彼と話をしてみようと思う(^^)僕がコンサルするとしたら、彼のビジネスにどのような提言をするだろうか。

友の成長

時間が無いので手短に。(また時間を探してゆっくりと)
昨日、大学時代の友達のひとりが東京へやってきた。夜、軽く飲みながら仕事の話。大学の友達は普段はあまり仕事の話をしないから、いざしてみると結構面白い(^^)彼の家は自営業で、彼自身もそれを継ぐことを考えながら(もっと大きいビジョンを描いていたりもするのだけど)、関連する業界に今勤めている。
僕は主体的にビジネスに関わる経験って言うのが少ないから、現場で実際にモノを動かしている彼の言葉は1つ1つに学ぶことが出来る要素がちりばめられていた。
みんな(なぜかみんな)成長しているんだな、と改めて感じた。
「大学時代の勉強って仕事に役立ってないけど、友達関係で学んだ”楽しむ心、楽しませる心”っていうのは今も役立ってるし、役立たせていきたいって思うよ。」
素晴らしいことだと思った(勉強も活かすことができれば◎(^^;))。僕は楽しむって言うのはまだしも、人を”楽しませる”っていうのは思い返すと社会人になってからそんなに考えてこなかった。アウトプットの方向性を見失わず、その上で質を上げることがすべてだと思っていた。(最近”人間”に注目中)
ありがたい気づきを得た。
そして、こうした友の存在を本当に嬉しく思った(^^)
…台風で帰れなかったら今日も泊まりに来ると言っていたような…(^^;)

改めて人の優しさを知る

改めて人の優しさというものを知った。
今、チームを組織してプロジェクトに臨んでいる。メンバーも少々増え、チームとして形になってきている。ただ、正直プロジェクトのステータスは厳しく、予断を許さない日々が続いている。
そんな中でチームのマスタースケジュールを作成し、進捗を管理し、リスク・課題・ToDoを管理し、他のチームにディペンドする問題について歩調をあわせながら日々Taskも片付けていく。
メンバーへは断片的な指示しか出せない期間が続いていた。できるだけ頭を使ってもらいたいし、プロジェクトを楽しんで欲しい。プロジェクトを成功させることが大前提とは言え成長の材料として最大限活用して欲しい。そう思いながらもついつい一人で考え、時に悩み、部分的にタスクを任せる、もしくは目的と期限、そのために使って良いリソースやアドバイスを与えたまま進捗を見てあげられずに結果として丸投げになってしまう、といったことを繰り返していた。
そんな中で、今日は新メンバーが参画してきたため、全体を整理する意味も含めて、現在のプロジェクトのステータスとチームの全体進捗、抱えている課題・リスクを共有する時間を設けた。
詳しくは省略。
一通り共有し、中には一部メンバーで検討したことでより良いアクションプランが練られたものもあった。最後に、”他に各自のタスクの中で検討しておきたいことや、今後懸念されるリスクとか持ってるものがあったら共有しよう。”という話をした。
メンバーの一人が口を開いた。
「直接は関係ないのだけど、もっと自分達を使って欲しい。sagadさんには全体を見てもらって、作業は自分達に投げて欲しい。全体の方向性さえコントロールしてもらえれば自分達ももっと役に立てるはずだから。」
勿論考えていた。少々申し訳ないと思いながら僕は全体を見るためにもともとお客様だったり他のチームとの調整をして、タスクの方向性(Issueの特定と目次レベルの検討)を決定した上でメンバーへ仕事を振るように心がけながら、小さいタスクは自分で片付けるようにしていた(現実は既述の通りですが(^^;))。それを、もっとリーダーというかマネージャのロールへシフトしていいんですよ。僕達はこんなもんじゃない、まだまだやれるんですよ。とメンバーに教えてもらえたのだ。
嬉しさと情けなさの入り混じった感覚だ。
僕は厳しいマネージャが好きだった。中途半端な妥協や甘えを少しでも見せるようなマネージャは受け付けず文句(?)を言ってきた。ただ、文句(?)は言ってもそのロールを取って代わるほどのパワーは無かった。で、自分がマネージャの立場に立ったとき、メンバーに自分はどう映っているのか?自分の理想のマネージャとして映るように自分は振舞えていたのか?
わかってる。答えはNoだ。
中途半端な妥協こそ無くとも、確固たる信念やリーダーシップは行使してこなかった(持っているの??)
優先順位を思い出せ。
1. プロジェクトの成功
2. メンバーの成長の最大化
3. 自分の成長の最大化
だろ(^^)妥協や甘えなんて考えてる場合じゃないだろ!!ましてやメンバーの成長とか関係ないだろっ!!(ウェイトを占めるのは圧倒的に1)だってさ、自分が一番伸びるのって、あくまでお客様のObjectiveを見失わずに、がんがん進んでいくマネージャとプロジェクトを一緒にやったときじゃない!そういう時は彼(マネージャ)が自分の成長を考えてくれてるかくれてないかなんか関係なく、自分が勝手についていきたくて、必死で頑張って、結果として勝手に伸びていたじゃんっ!!
まどろっこしいことで悩んでないで、頭の芯/心の芯はシンプルに目的を捉えてでっかくはばたけよっ!!!!
と言いながら僕は改めて人の優しさを知った。
これで僕がしっかりと全体を見て、ベクトルを保った上でメンバーを引っ張り、各タスクはメンバーへ割り振って安心して作業に集中してもらう。で、僕はより全体最適を思考する。
小さいチームとは言え、相手(お客様)をハンドリングし、持てるリソース(メンバー)を適切に配分することが僕の仕事だ。
この好循環がwin-winの関係ってやつなのだろう。
同い年のメンバー、僕は彼から人格を教わった(^^)本当にありがたいことである。
頭の中に色々と、時に矛盾する考えも浮かんでくるけど、じっくり向き合って全てを統べて行きたいと思う。日々たくさんの刺激がある。ネガティブなものもポジティブなものも。どんな刺激を受けても人は反応を選択する権利と力を持っている。
”焦る””悩む”という反応をする前にスペースを置く。そこで適切な反応を選択する。焦ることが最善であるとき、悩むときが最善であるときは少ない(^^)

身の程をわきまえる

昨日(8/20)はSTR Day4。
Day4での最大の気づきは”身の程をわきまえろ”ということ。企業の身の丈にあった戦略を描き、アクションを選択せよと。
最近感じるのだが、論理的思考と戦略的思考は違うものであると思う(個々人の定義次第)。どのように違うか、大きく言うと、論理的思考は”静的思考”であり、戦略的思考は”動的思考”である。
あ、そして今気付いたがそれはどこを考えるかによる、というだけなのかもしれない(曖昧な語尾(^^;))。
なぜなら、論理的思考をクリシンで磨いたと感がえているのだが、クリシンではどちらかというと過去の整理が中心であった。メッセージを抽出する、IssueにMECEにこたえる等ケースにかかれている過去の整理の仕方としてのテクニックというところに比重が大きく置かれていたような気がしている。
それに対して、今の経営戦略では、”継続性”であり、今回の”身の程”であり、今後継続的に勝ち続けるためには、存続し利益を上げていくためにはどうすればよいのか?という過去の整理ではない、未来を描く思考がメインになっている。シナリオプランニングとまではいかずとも、競合の出方、自分があるアクションをとったときに及ぼす市場であり競合でありへの影響、それによる自社への影響も考えた上で出方を考えよと(ゲーム理論)。
講師の印象的な言葉が2つある(といいつつうろ覚え(^^;))。
「このケースをやると、受講生から”この結論は好きではない”という言葉をちらほら聞く。ただ、好きか嫌いかなんていうのは関係ない。必要なのはこの会社に合った戦略である。弱者には弱者の戦略が必要なのだ。」
「企業の文化、子会社の成長。確かに考える必要がある要素ではある。しかし、グループ全体の存続・成長を考えたときに優先順位が高いのはどちらか?子会社を成長させるための戦略をとってグループ全体を存続の危機に立たせることが正しいのか?」
もっと言うと、結局のところ講師が言いたかったのは”お前らこの会社潰す気か?”というところじゃないかと僕は受け止めている。経営戦略の理論であり、クリシンでありを身につけるのは良いけど、そんなものどれだけきれいに使っても、会社の身の丈にあってなかったらその会社を潰すだけだと。現実をちゃんと受け止めて戦略を練れと。pros / consをのそれぞれの要素の重みをもっと現実的に考えろと。
これまでの流れを考えるとなるほど、ケースの選び方、その順番も考えられているのだな、と感じる。
そしてその順番どおりに考え、穴に落ち、そこから気づきを得て、悔しがって成長意欲を大きくして次に向かう。そんなサイクルにしっかりはまってしまっている自分を情けなく思う。
おまえの職業なんなんだ…?
で、今後どんなキャリアパス考えてるんだ…?
でと。悔しがるだけで成長できるならどれだけでも悔しがるのだけどそんなわけはなく。結局のところはやるしかないのです(^^)悔しさはそのエネルギーにしてしまって、後は楽しくやっていこうっと(^^)!!!素晴らしい仲間にも恵まれ、恵まれた環境の中にいるのだし。

感謝して補助輪を外す

詳しくはかけないので例えて書く。
初めて自転車に乗るとき、補助輪をつけていた。補助輪とは、後輪の左右に伸びる小さい車輪で、左右から後輪を支えることでバランスをとるのが難しい自転車のバランスを担保する道具である。とても安全だ。補助輪をつけて自転車に乗ってるうちはよほどのことが無いとバランスを崩して転ぶことは無い。補助輪が守ってくれる。
ただ、慣れてくるとどうだろうか。滑らかにカーブを曲がろうとしたときやその他諸々の場面で、補助輪という存在は必要性を失ってくる。
そんな補助輪を外すことを決断した。自分ひとりでの決断ではない。周りからのアドバイスであり、その中での決定である。周りとの会話の中では、補助輪が補助輪として機能していない、それならつけている必要は無いだろう。むしろ無いほうが走りやすいのではないか等々色々な話が出た。
たとえが下手だな。うまくかけない。
端的に書く。
補助輪をリリースした。
費用対効果が低かったからだ。
でもその決断は僕が自発的にしたものではない。
リーダーは誰なんだ?
リーダーとは自分のチームがチームのミッションを果たすために(自分を含む)リソースをタスクに配分して走っていく存在だ。
リーダーは誰なんだ?
視点を変える。
補助を外すと初めは大体ころぶ。
でも補助輪が無いほうが自由に運転できる。
転ぶリスクを抱える分プレッシャーも高まる。責任感も高まる。
で、リーダーは誰なんだ?
時に補助輪を邪魔に思ったこともある。それでも自分を守ってくれている存在、頑張ってうまく走っていこうと思い続けてきた。それでも間違えていた。優しさと依存を混同していた。
僕は感謝して補助輪を外す。
そして成功へ向かって走る。これまでより強いモチベーションとレスポンシビリティを持って。
転ぶならスピードを出す前に転べ。
走り出す前に方向を間違えるな。
あくまで頭は冷静に。