Incubate

11/25(金)の夜は、Yさんと食事をした。Yさんとはmixiを通じて知り合った、偶然にも同じ会社に勤めていて、この秋に起業された方だ。
前にお会いしたのが5月末。ほぼ半年が過ぎていた。
僕はYさんという人間が好きであり、彼との会話はとても楽しい。
物腰がとても柔らかく、かといって実際のビジネスの話を聞くと、そこには計算された構造が存在し、分析がなされている。そしてビジネスに大切なものは頭<心(社会貢献等世の中に対する理念、Vision)であるということをぐっと掴まれていて、熱い意志をも持たれている。そのような彼の人格が好きであり、会話に関しては、自身への刺激にも勿論なるのだが、何より、リアルタイムでIncubateしようとしている(した)実際のビジネスに関してアイディアを聞くこと、そこからアイディアを発散させること、それに対する話を聞く中で収束させること、そのプロセスが楽しい。
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最近参画したProjectの中では、まず考えを発散させるところから始めている。将来のマクロ環境がどのようになっているかというのをまず発想するのだ。
そこで自分の発散思考(なんてカタいことを言わなくても、なんていうことは無い。適当に発想をとばすことだ)が錆びついてるな、と。
そしてそんなことを思いながらも、集中して想像を膨らましていると気がつく。自分の発散思考(なんてカタ…略)がまた研がれて滑らかに回り始めた、と。
痒いところに手が届くというのだろうか。これまで水をやり忘れていた芽に水をやることができた感覚。今まで水を通していなかった水路に水を通して、その周りの土地が豊かに潤っていく感覚。固まりかけていた粘土が再び柔軟性を取り戻して自由に捏ねて形を変えていける感覚。
そんな感覚を得られていた。
その過程で、自分が今まで頭の中に入れてきた様々な知識が潤い、活きてきたように思えた。
そう。様々な理論やフレームワークに自分を従えるのではなく、自分がそれらを従え、使えているように思えたのだ。
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という最近の自分の中で起こっていたことも手伝ってYさんとの会話は楽しかったのだ。頭の中にクリシンであり、マーケティングであり経営戦略でありの発想がふわふわと浮かんでくる。それを現実のビジネスに対して使うことができるのだから。
Yさんの歴史というものを考えると、おそらく今は大きな転換点なのだと思う(そもそもの転換点というのはもっと過去の、今回の行動をとらせるトリガーへ遡るのだと思うが)。
その過程でCommunicateできることというのは本当に嬉しいことだと思うと共に、自分の歴史というものもしっかりつくりあげていきたいと思った。
僕はまだまだ甘い。

心地よい痛み

心地よい痛み。何のことか。そう、筋肉痛のこと。
昨日久しぶりにジムへ行って、走って、トレーニングして、というのを2時間程こなしてきたのだが、案の定上半身は肩周り以外全身筋肉痛。脚はそんなにハードな走りこみはしてないので筋肉痛になるほどのことではないのだと思っている。
高校時代は、毎日2-3時間、全力で走り回っていた(バスケ部)。筋肉痛なんてならなかったし、日々朝早く起きて(高校が遠かった)、授業を受け、部活をやり、遅くに帰り(部活が終わるのも遅かった)、寝る。その繰り返しだった。
脚が太くてスリムなパンツが履けないのことを恨めしく思っていたことを覚えている(キレイ目、モード最盛期)。贅肉はどこにも付いていなかったと思う(かといってそんなにごつくもなかったのだが)。
引退して体が細くなった。パンツのサイズは1サイズ小さくなった。昔できなかった服装が出来るようになったのは良いが筋肉が落ちたのはやはり良い気はしない。
大学はさておき、社会人になってから幾らか勉強をするようになった。頭を鍛えるようになった。
まだまだ足りないしこれからも”使える”頭として鍛え続けていきたいが、精神と肉体もやはりしっかりと鍛えていきたい。
楽しくやっていこうと思う(^^)
久しぶりに筋肉を動かし、当然その後は筋肉痛になる。
最初に書いたとおり、昔は運動しても筋肉痛にはならなかった、最近は運動をせず筋肉痛にはなっていなかった。
久しぶりに活動した筋肉が痛がっているのが、久しぶりであってもちゃんと動いてくれたことを示しているようで心地良いのだ。